準備O.K.

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 石田明奈は教室を見渡す。
 居た。一人だ。
 さして緊張することなく、巴が座っている席に近づいた。
「おはよう、円くん」
 どのくらい口角を上げ目を細めれば、自分がどんな表情になるのか明奈は知っている。
 だてに美少女をやってないのだ。
 顔のつくりだけでは美少女になれないことを、彼女は知っている。
 努力によって完成された明奈の笑顔。
 だが巴には通じない。
 ちらりと明奈に目をやり、おはようと一言。それだけだった。
 今まであった男子たちとはあきらかに違う態度。
 しかし明奈は傷ついた様子もなく、笑顔を保ったままだ。
「ねえ円くん。隣に座ってもいいかなぁ」
 顎を引いて少し上目遣いにし、心持ち首を左に傾ける。
 即答しない巴に、断られるのをおそれるような明奈ではない。
 不安そうな顔に微笑を浮かべるのを忘れない。 
 巴は明奈には目を向けず、ああと一言。
 ぶっきらぼうな巴の態度を気にすることなく、明奈はくしゃくしゃになりすぎないよう気をつけながら破顔し、席に着いた。

 間を置いてはいけない。
 明奈はすぐさま、巴に話しかけた。

「わたし、数学苦手だから今回補習にかかっちゃった。円くんも数学苦手なの?」
「ああ」
「英語も補習?」
「ああ」
「英語、好き?」
「いや」
「何の教科が好きなの?」
「ない」

 会話になってない。
 明奈は少し切れそうになったが、こらえている。

 なぜなら美少女だから。

 儚い美少女は、イライラして怒ってはならないのだ。


 こうなったら……。
 話題に出すにはまだ早いかもしれないがしょうがない。

 明奈は少し頬を赤らめ恥ずかしそうに下を向き、今までより声を小さくした。

「あの……、この前は、突然告白しちゃって……ごめんなさい」

 初めて巴が返事以外の反応を見せた。
 明奈を見る。
 そこで、やっと巴は隣に座ったのがこの前告白してきた子だと気づいたようだった。
 明奈はここで一気にモーションをかけようとした。

 しかし、教室の扉が開く音がする。巴が目をそらすようにそちらを見た。

 明奈も内心舌打ちしながら目をやった。

 そして驚く。

 教室に入ってきたのは、西園寺凛華と、そして類祥哉だった。

「円君、おはよう」
「円先輩、おはようございます」
 凛華と類が、巴に近づきながらそう言った。
「ああ、おはよう……って、何でおまえがここに来るんだ」
「それって俺のことですか?」
「他に誰がいる。一年の教室はここじゃない」
 教室にいる者の心の中を代弁している言葉だった。というか普通、そんな疑問がわく。
 類は入ってきたときとかわらず、笑顔のまま答えた。
「俺、二年の補習受けにきたんですよ。先生に受けてもいいですか? ってきいたらOK貰えて」
 今の説明で何人が理解できたかわからない。
 巴もよくわからなかったが、明奈はわかった。
 数学教師はだ。つまり類は女数学教師をオトシたのだ。教師まで人気があるというのは本当らしい。
「……なんで、わざわざ二年の補習なんか受けたんだ?」
「それは、もちろん凛華先輩に会うためです!」
……ストーカー
「何か言いました? 円先輩」
 にっこりと類は笑いかける。
 ふと、気づいたようだ。
「あれ? 石田先輩、お隣に座ってたんですか? すみません、邪魔しちゃって。凛華先輩、円先輩と石田先輩が
とっても仲よさそうなので、向こうに座りませんか?」
 巴を邪魔者とみなした類はそう言ったが、凛華はそうなの? と巴に聞く。
 当然違うと巴は答え、凛華は巴の前の席に座ってしまった。類も、渋々といった、でも表面には出さず凛華の隣、明奈の前に座った。
 モーションをかける機会を逃してしまったと明奈は思った。
 巴とはもともと違うクラス。この補習にかけると決めたのに、邪魔者が。

 そう思って明奈は凛華を見る。

 彼女は凛華が嫌いだった。

 それは凛華が学園一の美女だから嫉妬しているというわけではない。
 明奈は、自分と凛華では違う種類の美少女であることを知っていた。同じ男を好きにならない限り、張り合うものではないのもわかっていた。
 なら、明奈は凛華が巴と仲がいいので嫌いかというとそれも違う。凛華が巴に対しても、また巴が凛華に対しても恋愛感情が全くないのも見たらわかる。
 しかし明奈は凛華が嫌いだ。
 理由は凛華の在り方にある。
 誰にも媚びることなく、その奇麗な顔と抜群のスタイルでみんなの目を引き、学園一の美女と呼ばれる。明奈からしてみれば、何の努力なんかしてませんというすました態度の凛華が嫌いなのだ。そして本当に努力してないのなら、
大嫌いなのだ。

 どうやって巴に話しかけようかと悩んでいるときだった。
 また教室の扉が開き、大きくどよめきが起きる。
 京口さくらが来たのかと明奈は目をやる。

 半分は当たっていた。

 教室に入ってきたのはさくらだった。そして、持田祐司も一緒だった。

何で持田がここに!?
 思わず巴は立ち上がる。
「あ、おはよう、トモちゃん。凛華もおはよう!」
「やー、ツブちゃん、おはよう。凛華ちゃんもおはよう。朝から美人だね。うんうん。これから毎日凛華ちゃんの顔が見れるなんて俺は幸せ者だなぁ」
西園寺のことはどうでもいいだろ。それよりなんでおまえが二年の教室に……」
 巴は一斉に非難される。
「ちょっとトモちゃん! 凛華のことはどうでもいいって、どういう意味!? 凛華のこと悪くいったら絶対許さないからね!」
「そうですよ! 凛華先輩に何かしたら、俺、先輩だろうがなんだろうが、殴りますよ!」
「うっせ! 西園寺には何もしてないだろうが。それより……」
「あー! 何でハムじゃないハグじゃない、えーっと、ルイくんがここにいるの!? きみ一年生でしょう!?」
「先生から許可もらってるから別にいいんです」
「おまえらうるせえ! それより」
「ああ、俺が二年の補習に来てるかって? それは俺が追い出されちゃったから……」
「それよりじゃないよ! 一年生は一年生の教室で補習を受ける!」
「俺は成績いいので補習じゃありません。それをいうなら持田先輩だって」
「オイ! おまえらちょっと静かにしろ! 持田の声が聞こえな」


 
ダンッ!


 机を思いっきり叩いた音が響いた。

 明奈は拳を握っている。
 しかし机を叩いたのは彼女ではない。もう少しで叩くところだったが。

 凛華だった。

「あんたらうるさい。周りに迷惑になるからもう少し小さな声で話しなさい」
「「「ハイ」」」
 さくらたちはしょんぼりうな垂れ、巴だけは納得いかない顔をしている。


「まあ、ツブちゃん。俺がここにいようとどこにいようと別にいいじゃん」
「どこにいても別にいいが、ここにいるな」
「ツブちゃん、ヒドーイ!」
「気色悪いからやめろ」


「ルイくん、一年の教室に行かないの?」
「ええ、ここで受けますから」
「やだなー」
「ハハッ。京口先輩には全く用はないので気にしないでください」
「あんたら……」


 
…………。
 明奈はひとり、呆然としていた。
 会話に全く入っていけない。
 近くにいるのに、自分だけが疎外されているように感じる。
 屈辱だった。今までかなりモテてきて、人にないがしろにされたことのない彼女にとって、これは屈辱だった。


 ゆるさない……。

 絶対にオトシてやる……。




 人工美少女を怒らせると怖い。
 





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