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8. いってきます




 困ってしまったのは、今度は朔のほうだ。
 質問の意図がよく掴めない。

 これ以上詳しく説明するというのは、まず、ため息ばかりついている@摎R。あの時、恵利と喧嘩したとき、ため息をついたのは都崎の誕生日プレゼントについて悩んでいたから。そしてここ最近、ため息の数が多くなっていったのは、間違いなく雪人が原因、だと思う。もちろん全てを押し付けるのはただの責任転換というか、なすりつけであり、自分がいけないのだが。それでも、朔は自分だけが悪いんじゃないと思おうとしていた。
 彼女は弱い。
 そのことに朔は気づきながらも、意識せぬところでは隠そうとしていた。だから話せない。
 次に恵利のこと
 恵利のこと≠ニは、彼女が都崎を好きになったこと。口出しとは、やめたほうがいいと言ったこと。そのことについては、いうまでもなく、雪人には話せない。
 卑屈になって≠ニいうところはわざわざ話すほど会話もしてない。それにますます自分が情けなくなる。

 だからこれ以上は話さなかった。

 朔は、自分の話さなかった気持ちをそう整理した。
 一見、相手の気持ちを考えての結論のようにも見える。しかし、その大半がエゴからきていることに、朔は気づかないふりをする。
 彼女はただ、うん、と答えた。
 これ以上はなせないという意向と、雪人だからだけではないという思いをこめて。
 雪人は、そうと呟く。

 一瞬、彼は目を伏せた。
 しかしすぐ、笑顔になった。

「つまりは、朔が全部悪い、っていうことだね」
「……はい」
「じゃあ、今すぐ謝りにいきなよ。あー、解決、解決」
 よかったねーと笑う雪人に、気の抜けた思いと、かすかな怒りがわいてきた。
 ちょ、ちょっと待て。
 解決って、よかったねって、まだ何一つ解決しちゃいないし、よかったことも何もない……。
 てゆーか
「これって相談だったの?」
「さぁーねー。僕、相談相手に初めてなったし、どういうこと言えばいいのか全然わからないし。まあ、他人に話すことで自分の気持ちを整理できたってことで、いいんじゃないの?」
 ……けっこう、いい加減なことを言う。
 だが確かに、気持ちの整理はできたかもしれない。
 自分は恵利を傷つけた。だから謝る。これからも仲良くしたい。
 それでいいのかもしれない。
 お礼の意味もこめるつもりで、嫌味を言った。
 結果、ただの嫌味となる。
「まあ、雪人のことは最初っから頼りにしてなかったしね」
「ヒドッ……!」
 雪人はショックを受けた顔をする。
 朔はそれを見て笑ったが、すぐにその笑みが消えた。

 雪人が、笑ったからだ。
 哀しそうに、寂しそうに。

「ねえ、朔。今、少しだけ花山さんの気持ちがわかったかもしれない」

「え?」
「もうちょっと頼ってもいいのにねーってこと。花山さんは、少なくとも僕よりは頼もしそうだしね」

 僕は情けないねー、と雪人は笑う。

 なぜか涙腺がゆるんだ気がした。

 確かに恵利のほうが雪人よりずっと頼もしそうだね、と朔は笑う。
 どうせ僕は頼もしくないよー、と雪人はすね、それをまた朔が笑う。

 人には泣いていいときと、いけないときがある。
 彼女はそう思う。
 そして今は、間違いなく泣いてはいけないときだ。自分に泣く資格などない。

 ふと、考える。
 頼りにしてないわけではない。
 ただ、友達だからといって、人に依存してはいけないと思うから。人に頼るほど、自分は強くないから。
 信用していないわけではない。
 そう言いたかったが、実はそうなのかもしれない。恵利のことも雪人のことも信用していなかった。嫌われるかもしれないと思って、いつも他人に踏み込まないようにしていた。
 大切な友達だから何も言えなかった。
 本心だ。
 この本心は伝えるべきなのだろうか。

 迷ったが、けっきょく朔は何も言わなかった。

「じゃあ、いってらっしゃい、朔。頑張ってね」
「うん」
 恵利に謝りにいこう。早いほうがいい。
 立ち上がろうとするが、足がしびれてすぐに動けなかった。
 バランスを崩して、また机から落ちた。
 だがすぐに立ち上がる。
 扉に向かって歩き、その鍵に手をかける。
 ドアノブを握って、もう一度雪人の顔を見ようと後ろを向いた。

 雪人はにっこり笑って、手を振っていた。


 いってらっしゃい。

 うん、いってきます。


 朔は嬉しくなって手を振り返す。

 扉を開ける。
 まぶしい光が、抱きしめるよう、優しく朔を包んだ。




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