惚れ薬の効用

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「ん!? 何だ、これは?」
 時任の隣の席の才野が声を上げた。
 何かと思えば、才野はまたエロ本を読んでいた。
 時任は内心ため息を吐きながら、また作業に取り掛かろうとした。
「時任先生、時任先生」
 呼ばれている。
 仕方なく時任は才野の方を向く。
「時任先生、コレやろうか?」
 才野がコレというものは一つの青色をした飴。いや、青色というか藍色と緑を混ぜたような色。
 不味そうだ。
「結構です」
「まあ、そう言わずに。時任先生は独身だろ? きっとコレが役に立つさ」
 確かに時任は独身だ。ついでに27歳。
「時任先生はって……、才野先生は独身じゃないんですか?」
 才野が結婚しているなんてありえない。
 時任は昨日、さくらと巳が問題を起こし、その処理をしているので、イライラしながら失礼なことを考えた。
「何を言ってる。ワシは、妻子ともにおるぞ」
「うそっ!」
 思わず時任は立ち上がる。
「嘘って、失礼だな、時任先生」
 すみません、と言いつつ時任は椅子に座る。
 才野が結婚しているなんて……しかも子どもまで!?
 やっぱりありえない。
「何か、信じられんという顔をしてるな。写真見せてやろ。ホレ」
 時任に一枚の写真が差し出される。
 写っているのは才野と、女の人と、小さな女の子。
 美人……!
 時任はすぐさま思った。
 女性はとても綺麗だった。
 これが才野先生の奥さん!? 嘘だ。
 しかも子どもさんとてもかわいい。
「ガハハハ、美人じゃろ。子どももかわいいじゃろ。誘拐するなよ
 
しませんよ。
 そう思いつつ、時任はまだ信じられなさで一杯だった。
 だが本当なのだろう。
「才野先生、何でこんなに美人な奥さんがいるのに、エロ本なんて読んでいるんですか?」
「ん? ああ、エロ本は
趣味だ」

 そんな趣味の男でいいのか!?

 時任は才野の妻のことを思った。
「時任先生、独りは寂しいだろ。だからコレを」
 いりません、と思ったとき、巳が職員室に入ってきた。
「……さくらは?」
「京口はまだ来てない。とりあえず円、此処に来なさい」
 巳は渋々といったようにこちらに来る。
 今日、さくらと巳を職員室に呼んだ。
 昨日のことについて話を聞くためだ。
「で、どうして昨日はあんなことになったんだ?」
 巳は答える。
「廊下の向こうまで競争しようと言ったんで、全速力で走り、勢いあまって窓に突っ込みました」
 そして窓ガラスを割ったのか。時任はため息を吐く。
 昨日起こした問題とは、廊下の窓ガラスを割ったこと。
 ただそれだけならいいものも、さくらはスライディングをしたようで、廊下のワックスが剥げ、しかも何日か前にも教室の窓ガラスを割っていたので厳しく注意するように言われた。
 時任がまたため息をつき、巳に注意しようと口を開いたとき、才野のほうが先に口を挟んだ。
「円、おまえにコレをやろう」
 そう言って才野が巳にあの気色悪い色の飴玉を差し出す。
 巳はというと、その飴玉の気色悪さに驚き「何だ、コレは!?」と声を上げる。
 才野は笑って答えた。
惚れ薬だ
「「
は!?」」
 時任と巳は同時に声を上げる。
「いらねえ」
「才野先生、こんなものをくれようとしたんですか!?」
 二人の言葉に才野は眉をひそめる。
「こんなもんって、失礼な。独りもんには強い味方でしょう?」
「俺は彼女がいる」
「だが京口は円に冷たいんだろ」
 にやにやと笑いながら言う才野に、巳はぶち切れそうになる。
 時任は慌てて、「円、落ち着け」と、巳を抑えようとする。
「もしコレを京口に食べさせたら、『トモちゃん、好きー』とでも言って、抱きついてくれるかもしれんぞ」
 円はピタリと止まり、何か考えている。
 おい、考えるなよ。
 時任は心の中でツッコミを入れる。
「でも、さくらに惚れ薬なんて効きそうにねえし……」
 巳は拗ねたようにそう言った。
 才野は「確かに」と言って、ガハハハと笑う。
 時任はこの場を離れようと思った。
 ここは俺の居る場所じゃない。
「とゆーわけで、時任先生、これはやはり先生にやろう」
 そう言って才野は無理やり、時任に気色悪い色をした惚れ薬を持たせる。

 だからいらないってば。





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