続  恋をした。1

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 犬塚くんと、あの公園で会ってから一週間過ぎた。
 別に、私たちの関係が、ただのクラスメイトから何かに変わった、
などはない。
 唯一あったとすれば、目が合ったとき軽く頭を下げあうようになったぐらいだろうか。



 確かに、私は犬塚くんに恋をした。



 だからといって、どうこうする気は毛頭ない。

 もっと彼と話したいと思うわけではないし、
 ましては付き合いたいなんても思わない。
 彼が好きだけど、彼に何かを望んだりはしない。
 何も無い関係のままでいい。


 だけど、もう一度犬塚くんのあの笑顔が見たいと思うことは、
 彼に望んでいるということになるのだろうか。










 今日の気分は煎餅だった。
 私は煎餅の入ったコンビニの袋を振り回しながら近道をする。
 公園を横切るだけで、結構な近道になるのだ。

 ふと、横を見ると犬塚くんが目に入った。
 公園の奥にあるベンチに腰掛けている犬塚くん。
 彼は一人でぼーっと空を見上げている。


 何でいるのだろう。

 微かに、しかし確かに彼に対する怒りを感じた。



 私は、唇を噛みしめながら、犬塚くんに近づく。




 ガサガサとビニール袋がなる。
 犬塚くんが近づいてくる私に気づいた。
 私は、驚いている彼の前に、ずいっと煎餅の入った袋を差し出した。
 犬塚くんが受け取る。
「えーっと、煎餅?」
 中を見ながら彼がきいた。
 私は頷く。
「食べる?」
 そうきくと、彼は私の顔を見ながら頷く。
「まあ座りなよ」
 彼がコンッとベンチを叩く。
 前と一緒のように、私は彼の隣に座る。

 空を見ると、この前と変わらぬ普通の青空に普通の雲。
 ぼーっとしていると、犬塚くんが立ち上がった。
「飲み物買ってくる」
 そう言って、彼は走り去っていった。

 
 袋の中から煎餅を取り出して、封を開ける。
 かじると、ばりんっという音が豪快になった。
 と、犬塚くんが二つの缶ジュースを持って戻ってきた。
「はい」
 といって、一つを私に差し出す。
「ありがとう。あ、お金……」
 財布を取り出そうとしたら、犬塚くんが少し笑う。
「いいよ。この前、奢ってもらった、というか俺が返し忘れてたんだけど……。だから今日は俺の奢り」
 すとんと、私の横に座る。
「ありがとう」
 私はもう一度お礼を言い、缶ジュースの蓋を開けた。


 ……缶ジュース?


 バッと、手に持っていたものを確認すると、それはまぎれもなくリンゴジュースだった。


 煎餅にはお茶。

 そう信じて疑はない私には、リンゴジュースは衝撃だった。カルチャーショックというやつかもしれない。
 おそるおそる一口飲んでみる。

 おいしい。
 思わず呟いてしまった。
「だろ! うまいだろ!」
 と、いきなり犬塚くんはこっちを振り向く。
 心臓に悪いからやめてほしい。

 少し背を丸めてリンゴジュースをごくごく飲む。
 犬塚くんはリンゴジュースが好きなのか。
 そう思いながら、どきどきしている自分がいた。

「なあ」
 さっきとは全く違い、沈んだ犬塚くんの声が聞こえた。
 びっくりして彼のほうに向くと、しょんぼりとリンゴジュースを見ている。
 彼に何があったんだ!? と考えていると犬塚くんは続ける。
「なあ、男がリンゴジュースが好きってかっこ悪いと思うか?」
 意味が良くわからなかった。
 思わずきいてしまった。
「何で?」
「え、あ、いや。前、付き合っていた彼女に言われたんだ……」
 ますますしょんぼりとした犬塚くんがため息をつく。


 笑った顔が見たい。


 そう思った。
 やはり私は彼に望んでいるのだろうか。
 自分の手に持っているリンゴジュースを見る。
「別にいいんじゃないの」
「え?」
「男がリンゴジュース好きだろうが別に。だっておいしいし、リンゴジュース」
 また一口飲む。やっぱりおいしい。
 ちらりと犬塚くんを見ると、まだ缶ジュースを見詰めていたが、
 意を決したように、ぐーっと一気飲みほした。
 思わず拍手したくなるような、見事な呑みっぷりだった。
「そうだよな! おいしいよな! リンゴジュース」

 そう言って、彼は笑った。





 私は犬塚くんの笑顔を見るだけで、

 泣きそうなぐらい幸せになる。





 が、彼はそんな私に全く気にせず、突然尋ねた。


「吉田って好きな奴いるの?」




 盛大にリンゴジュースを吹きだしてしまった。



 汚い。

 激しく咳き込む。


「よ、吉田、大丈夫か」
 犬塚くんが私の背中をさすってくれた。
 ありがとう、犬塚くん。
 でもあなたは本当に心臓に悪い。


 やっと収まり、普通に息できるようになった。
 ありがとうと、かすれた声でお礼を言う。
 疲れた。

「で、どうなわけ?」
「は?」
「好きな奴。今の様子じゃいるんだろ?」
「まあ……」

 あなたですけど、とは言わなかった。

 犬塚くんはぱあっと顔を輝かす。

「吉田が好きな男ってどんな男だろうなあ」

 と、犬塚くんがまた空を見上げる。

 あんただよ、とは言わなかった。

「何か意外だな、吉田に好きな男がいるって」
「なんで?」
「だってさ。吉田ってクラスじゃあんま男子と話さないじゃん。だから何となく意外だなーって」
「ふうん」

 私は地面を見る。ありんこを見つけた。

「なあ! 吉田の好きな奴って誰? 同じクラスの奴?」
「どうしてきくの?」

 見上げれば犬塚くんの笑った顔。
 見たかったはずなのに見れば見るほどムカついてくるのはなぜだろう。

「ほら、俺さ。吉田に結構世話になったじゃん。だからその恩返しっていうかさ、俺、協力するよ」

 そう言って笑った。

 無性に腹が立ってきた。

 なぜだろう。そう考える間もなく私は言ってしまった。

「犬塚くん!」

 え、なに? と彼は呑気に聞き返す。
 私は立ち上がって缶ジュースや煎餅が地面に落ちるのも気にせず、走り去った。






 後には、公園に一人犬塚くんと、あのありんこが残された。



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