続  恋をした。2  前編

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「なあ、吉田。昨日どうしたの? 何で怒っちゃったの?」


「私は犬塚くんが好きだからです」




 犬塚くんが朝っぱらから教室の、ど真ん中で訊くもんですから、私も教室のど真ん中でそう答えました。


 すると彼は口をぽかんと開けました。
 私は、固まっている犬塚くんを置いて、さっさと自分の席に戻りました。
 席に着くと同時に朝のSHRの始まるチャイムがなりました。

 担任が教室に入ってきたので、号令がかけられます。
 起立して、礼をして座ったあと、突然前の席の子が後ろを向き、話しかけてきました。

「吉田さん、さっきの何? もしかして告白?」
「さっきのって何ですか?」
「ほら。さっきの私は犬塚くんが好きだからですってやつ。吉田さん、犬塚のこと好きなの?」
 そこまではっきり聞いているのなら、わざわざ本人に聞く必要ないですのに。
 彼女は少し変わった子のようです。
「はい。私は犬塚くんが好きです」
 彼女は一瞬間を置き、驚きながら言いました。
「へー、吉田さんがね。意外だな。ところで何で敬語なの?」

「………私、敬語だった?」

 「吉田さんって変な人ね」と彼女は言い、顔を前に戻した。
 私は敬語だったのだろうか。
 そう考えながらも、変わっていると思っていた子に変な人と言われ、私はいささかショックを受けた。






 放課後。
 家に帰っている途中。
 私は忘れ物したことに気づいた。
 時計を見れば3時55分。
 今から学校に戻ってもそう遅くはならないはずだ。
 私は忌々しき数学の宿題を取りに戻るため、今来た道を引き返した。


 そして私は、忘れ物をしたことと、忘れ物をとりに学校へ行ったことを後悔する。

 何がいけなかったのだろう。
 私が数学の宿題を忘れたことか。
 数学の先生が宿題を出したことか。
 それとも宿題の提出期限を少し過ぎたぐらいで、留年しそうになる私の頭の悪さか。
 何がいけなかったのかなんてどうでもいい。

 何で犬塚くんが教室にいるのだろう。

 犬塚くんは、友だちと一緒に三人で、教室の真ん中で話していた。
 声が大きいせいなのか、周りが静かなせいなのか、彼らの話し声はドアの隙間から結構聞こえた。
 内容までバッチリと。
 犬塚くんの元彼女。彼を振った人「ユキエさん」の話だ。
 何とも入りづらい雰囲気。
 そういう話題を話すのはトイレと相場が決まっているのではないのか。
 それとも男子はトイレで会話をしないのか。
 んなことはどうでもいい。
 
 彼らが話し終えて帰った後、宿題を取ろうかと思った。
 私はあんな雰囲気の中一人でズカズカ教室に入れるほど神経太くない。
 それに立ち聞きをするほど野次馬根性もない。

 はずだったのに。

 足が動かない。

 会話は続く。

「犬塚、何でユキエと別れたんだ? かわいいじゃん、ユキエ」
「知らねえよ。俺が振られたんだから」
「田中、もうユキエと拓真のことはいいだろ。拓真もそんなに怒るなよ」
「怒ってねえよ」

 私は早く立ち去らなければ。
 私はこんな話を聞いてはならない。
 犬塚くんの怒った声を聞きたくない。
 ユキエさんのことで怒る犬塚くんも、その悲しむ顔も見たくない。

 そう思うのと同時に怒りが。

 私は関係ないのだから、別に関係ないのだから、素知らぬ振りして宿題を取りにいけばいい。
 何も話さず、顔も合わせず、そのまま教室を立ち去ればいい。

 教室のドアを開けようとする。
 その間も会話は聞こえる。

「わ、悪かったよ、犬塚。怒るなって。そ、そういえば、今日犬塚に吉田が告白してなかったか? 吉田と付き合っちゃえば? 犬塚」
「うっせえな! 別に吉田なんか関係ないだろ! ベラベラと、どうでもいいことさっきから話してたんじゃねえよ!」
「た、拓真、押さえろって。田中もまた余計なこと……」

 ガラリッと、ドアを開けてしまった。

 彼らの会話はやむ。

 私は、ただ前に進むしかなかった。自分の机目指して。

「よ、吉田……」

 誰かが思わず声を上げる。
 誰でもいい。
 やはり忌々しい数学の宿題を机の中から取り出し、教室を出た。



 数学は嫌いだ。
 さっさと終わらせてしまおう。
 だけど私が数学の宿題をさっさと終わらせることができるだろうか。
 無理だ。
 数学の宿題のことを思うと泣きそうになる。



 学校の校門を出たところで誰かに呼び止められた。

 犬塚くんだ。

 ゆっくりと振り返ると、いつもの犬塚くんがいた。

「吉田、あのさ……」
「なんですか?」
「え? えぇーっと、元気?」
「はい」
「そ、そうか。よかったな」
「ありがとうございます」
「…………」
「では、さようなら」

 向きを変えて、家へと帰ろうとしました。

「あ、ああ。じゃあな、吉田。また明日」

 くるりと、また振り返ると犬塚くんの顔。

 泣きそうな顔をしていました。






 いつのまにやら家に帰っていました。
 その間のことは全く覚えていません。
 夕食のとき、家族に「何で敬語なの?」とまた訊かれた。
 私は敬語になっていたのだろうか。



 風呂に入って、髪を乾かす。
 が、めんどくさくなったのでもういい。

 さっさと寝よう。


 布団に入ると、思い出すのは結局やっていない数学の宿題。
 それから犬塚くんの言葉。

 彼は間違ったことを言っていない。
 私は犬塚くんと関係ないし、私は犬塚くんにとってどうでもいい存在。
 知っている。わかっている。
 だから何だと言うのだ。

 
 思い出すのは数学の宿題。
 そして犬塚くんの顔。

 最後に彼は泣きそうな顔をしていた。
 私のせいだろうか。わからない。
 私にはどうすることもできない。


 思い出すのは
 犬塚くんの笑顔。

 昨日、彼の笑顔を見たとき泣きそうになった。
 あれはなぜだろう?
 今とは違うのだろうか。

 思い出したくないのに
 初めて犬塚くんと公園で会ったときの笑顔が目に浮かぶ。

 私は犬塚くんの笑顔に恋をした。






 なぜだろう。



 こらえている涙が溢れ出した。



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