どうしてこんなことになったのか。
朔は注文したオムライスをスプーンですくいながら小さくため息をつく。
自分は結構押しに弱いのかもしれない。
すくいあげたオムライスを口に含みながらそう思った。
実際、玲子さんのお誘いは押しと呼べるほど強いものではなかった。それは飽くまで一般的なお誘い。
だがしかし、彼女の笑顔と雰囲気は朔にとって絶対的なものだった。
その笑顔と雰囲気は雪人のとは違った。
雪人のはとてもきれいで、そしてとても怖かった。とにかく、怖かった。だから頷くしかなかった。
しかし玲子さんは、怖くない。怖くないのだが、やはり頷くしかない。
なぜだろう。彼女の誘いは一つも断ってはいけない気がする。
他人に流されることなど滅多にない朔には珍しいことだった。
そして朔はまたため息をつく。
「朔さん、ここのお料理おいしくないかしら?」
透明感のあるきれいな声が聞こえる。
前を見ると、声に似合うきれいな人がいる。
「い、いえ、そんなことないです」
そう言って、オムレツを口に入れる。
確かにおいしい。
だが緊張と付いていった自分に不甲斐なさを少し感じ、料理を楽しむことが出来ない。
でもやっぱりおいしいから今度恵利と一緒に行こう。
そんな玲子さんに対し少し失礼なことを考えてみる。
「ごめんなさいね。つい、強引に誘ってしまって」
玲子さんは困ったように笑う。
だが、そんなことない。玲子さんはほんとにやさしい誘い方をしてくれた。ただ自分が逆らうことが全く出来なかっただけである。
そう思うのにすぐに口に出すことができない。
「そんなこと、ないです」
やっとこれだけ言えた。
玲子さんは悪い人じゃないのははっきり断言できるが、一緒にいるとすごく疲れる。
そんなふうに感じる自分に罪悪感がわく。
もしかして、嫉妬してるのだろうか。
そんな思いが浮かび、少し自嘲気味になった。
「朔さんとね、お話をしたいと思っていたの」
「はあ……」
「あんなに楽しそうな雪人くんは初めてだったから。朔さんってどんな子なのかしらって」
楽しそうな雪人? まあ、確かにそんな風にとれないこともない。おもしろがっている雪人というほうが合っているとは思うけど。
「はあ……。そんな興味を持つような奴ではないですけど……」
「そうかしら。蓮冶もね、あなたに興味をもっていたわ」
「はあ!?」
思わず大きな声を上げてしまった。
顔が赤くなりなるのを感じながら、すみませんと謝る。
玲子さんは少し笑う。
「雪人くんがあんなふうに笑うのを見たことないからって」
ああ、そういうことか。更に恥ずかしくなりながらも、どこかが急速に冷めるのを感じた。
それにしても、雪人が笑うのを見たことないとはどういうことだろうか。あんなふうって、どんなふうだろうか。
気になりながらも、むしろ雪人は都崎が笑ったところを見たことあるのかと考えた。
そういえば、と朔は思い出す。
雪人が言ってた。
僕は、都崎先生に嫌われてると。
あのときは、怖くて何も考えられなかった。この言葉は、どういう意味だろう。
玲子さんなら知っているだろうか。
「あの……、雪人と…都崎先生って……」
なんとなく、言葉を濁してしまう。
だが玲子さんはすぐに察したようだ。
「あの二人って、兄弟なのに全然似てないわよね」
微笑みながら彼女は言った。
「そう、ですよね」
言葉が続けられない。
何だろうか、このもどかしいような背中に届きそうで届かないで痒いような、何か、じれったいようなそんな感じ。
「ねえ、朔さん」
「なんでしょうか」
「朔さんは蓮冶のことが好きなのかしら?」
グゲホォッ、というもう二度と再現できような咳き込み方を朔はした。
く、苦しい……。玲子さんはいきなり何を。
「だ、大丈夫、朔さん!? ごめんなさいね、突然言い出しちゃって」
「い、いえ、大丈夫、です」
玲子さんは「そう。よかったわ」と言っただけで、それ以上続けなかった。
朔も、当然続く言葉はない。
一体、なんなのだろうか。
玲子さんは何で自分を誘ったのだろうか。
わけがわからない。
もしかしたら雪人と、玲子さんのほうが血がつながってるんじゃないかと考える。
ああ、もう本当に
疲れる。
しばらく二人とも無言で食べ続ける。
もうほとんど食べ終わったとき、また玲子さんが口を開いた。
「朔さん。何だかヘンなことばかり言ってごめんなさい」
「いえ、こちらこそ……ごめんなさい」
「なぜ謝るの? 謝ることなんて何もないわ。それよりね」
玲子さんは朔に微笑みかける。
とてもきれいで、やさしい笑顔。
朔は、とっさに身構える。
「それよりね、来週の日曜日、蓮冶の誕生日なの」
「……はい?」
「それでね、誕生日会を開こうと思ってるの。そうは言っても誘っているのは、もちろん蓮冶と、雪人くんだけ。そして朔さん」
た、誕生日会? 小学生のときよくやったあれでしょうか。というか来週の日曜日は都崎の誕生日なのか。
「実はこれが一番話したかったことなの。来週の日曜日、何か予定あるかしら? お忙しい?」
「そんなことは……」
「なら、ぜひ来てくれないかしら?」
やはり、朔は頷くことしかできなかったのだ。
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