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2. そしてまたお誘い



 どうしてこんなことになったのか。
 朔は注文したオムライスをスプーンですくいながら小さくため息をつく。
 自分は結構押しに弱いのかもしれない。
 すくいあげたオムライスを口に含みながらそう思った。
 実際、玲子さんのお誘いは押しと呼べるほど強いものではなかった。それは飽くまで一般的なお誘い。
 だがしかし、彼女の笑顔と雰囲気は朔にとって絶対的なものだった。
 その笑顔と雰囲気は雪人のとは違った。
 雪人のはとてもきれいで、そしてとても怖かった。とにかく、怖かった。だから頷くしかなかった。
 しかし玲子さんは、怖くない。怖くないのだが、やはり頷くしかない。
 なぜだろう。彼女の誘いは一つも断ってはいけない気がする。
 他人に流されることなど滅多にない朔には珍しいことだった。

 そして朔はまたため息をつく。
「朔さん、ここのお料理おいしくないかしら?」
 透明感のあるきれいな声が聞こえる。
 前を見ると、声に似合うきれいな人がいる。
「い、いえ、そんなことないです」
 そう言って、オムレツを口に入れる。
 確かにおいしい。
 だが緊張と付いていった自分に不甲斐なさを少し感じ、料理を楽しむことが出来ない。
 でもやっぱりおいしいから今度恵利と一緒に行こう。
 そんな玲子さんに対し少し失礼なことを考えてみる。
「ごめんなさいね。つい、強引に誘ってしまって」
 玲子さんは困ったように笑う。
 だが、そんなことない。玲子さんはほんとにやさしい誘い方をしてくれた。ただ自分が逆らうことが全く出来なかっただけである。
 そう思うのにすぐに口に出すことができない。
「そんなこと、ないです」
 やっとこれだけ言えた。
 玲子さんは悪い人じゃないのははっきり断言できるが、一緒にいるとすごく疲れる。
 そんなふうに感じる自分に罪悪感がわく。
 もしかして、嫉妬してるのだろうか。
 そんな思いが浮かび、少し自嘲気味になった。
「朔さんとね、お話をしたいと思っていたの」
「はあ……」
「あんなに楽しそうな雪人くんは初めてだったから。朔さんってどんな子なのかしらって」
 楽しそうな雪人? まあ、確かにそんな風にとれないこともない。おもしろがっている雪人というほうが合っているとは思うけど。
「はあ……。そんな興味を持つような奴ではないですけど……」
「そうかしら。蓮冶もね、あなたに興味をもっていたわ」
「はあ!?」
 思わず大きな声を上げてしまった。
 顔が赤くなりなるのを感じながら、すみませんと謝る。
 玲子さんは少し笑う。
「雪人くんがあんなふうに笑うのを見たことないからって」
 ああ、そういうことか。更に恥ずかしくなりながらも、どこかが急速に冷めるのを感じた。
 それにしても、雪人が笑うのを見たことないとはどういうことだろうか。あんなふうって、どんなふうだろうか。
 気になりながらも、むしろ雪人は都崎が笑ったところを見たことあるのかと考えた。

 そういえば、と朔は思い出す。

 雪人が言ってた。
 僕は、都崎先生に嫌われてると。
 あのときは、怖くて何も考えられなかった。この言葉は、どういう意味だろう。
 玲子さんなら知っているだろうか。
「あの……、雪人と…都崎先生って……」
 なんとなく、言葉を濁してしまう。
 だが玲子さんはすぐに察したようだ。
「あの二人って、兄弟なのに全然似てないわよね」
 微笑みながら彼女は言った。
「そう、ですよね」
 言葉が続けられない。
 何だろうか、このもどかしいような背中に届きそうで届かないで痒いような、何か、じれったいようなそんな感じ。
「ねえ、朔さん」
「なんでしょうか」
「朔さんは蓮冶のことが好きなのかしら?」
 グゲホォッ、というもう二度と再現できような咳き込み方を朔はした。
 く、苦しい……。玲子さんはいきなり何を。
「だ、大丈夫、朔さん!? ごめんなさいね、突然言い出しちゃって」
「い、いえ、大丈夫、です」
 玲子さんは「そう。よかったわ」と言っただけで、それ以上続けなかった。
 朔も、当然続く言葉はない。
 一体、なんなのだろうか。
 玲子さんは何で自分を誘ったのだろうか。
 わけがわからない。
 もしかしたら雪人と、玲子さんのほうが血がつながってるんじゃないかと考える。

 ああ、もう本当に

 疲れる。


 しばらく二人とも無言で食べ続ける。
 もうほとんど食べ終わったとき、また玲子さんが口を開いた。
「朔さん。何だかヘンなことばかり言ってごめんなさい」
「いえ、こちらこそ……ごめんなさい」
「なぜ謝るの? 謝ることなんて何もないわ。それよりね」
 玲子さんは朔に微笑みかける。
 とてもきれいで、やさしい笑顔。
 朔は、とっさに身構える。
「それよりね、来週の日曜日、蓮冶の誕生日なの」
「……はい?」
「それでね、誕生日会を開こうと思ってるの。そうは言っても誘っているのは、もちろん蓮冶と、雪人くんだけ。そして朔さん」
 た、誕生日会? 小学生のときよくやったあれでしょうか。というか来週の日曜日は都崎の誕生日なのか。
「実はこれが一番話したかったことなの。来週の日曜日、何か予定あるかしら? お忙しい?」
「そんなことは……」
「なら、ぜひ来てくれないかしら?」

 やはり、朔は頷くことしかできなかったのだ。




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