騒がしい教室の中、朔は一人決心を固めた。
静かに深呼吸をする。
恵利の机に向かって、一歩一歩足元を確かめながら進む。
朔が近づいてくる気配を感じ、恵利がそれを見上げた。
恵利と目を合わせながら、朔はグッと拳を握り、キュッと唇を噛んだ。
そしてそのままで、なぜか彼女は口を開かない。
喋りだそうとしない朔に、恵利の方から話しかけた。
「……何?」
思いっきり不機嫌そうな声に、朔はキッと恵利を見た。
ゆっくりと口を開ける。
「あのー、恵利さん……」
「いきなり卑屈にならないで。ムカつくから」
「ごめんなさい……」
もう駄目だ。
朔はそれ以上何も言わず、とぼとぼと教室のドアに向かって歩き出す。
授業を受ける気はないようだ。
どこかサボれる場所はと朔は一人、廊下を歩きながら考える。
しかし、どれも恵利と一緒にいた場所しか思い浮かばない。そこに行く気、というか勇気はない。
適当に歩いていたら、目の前に、ふるぼけた扉が見えた。
確かこの扉は、あの時雪人を連れ込んだときの……。
微妙にえぐい表現をしながら、朔は扉のノブに手を掛ける。
開いた。
朔は何も考えず中に入った。
相変わらずここは、わずかな光しかない。薄暗い部屋だった。
だが今の朔には丁度いい。
ボロボロになった埃の積もった机の上に座る。
寂しくて、心細くて、自分を抱きしめるように、朔はその上で体育座りをした。
が、足をすべらせて机から落ちてしまった。
ドガシャンという音が響く。
まぬけな光景とは裏腹に、朔は背中に痛みを感じる。
痛いんだから、泣いてもいいよね。
こらえていた涙が溢れ出しそうになったときだった。
いきなり、新しい光が差し込んだ。
扉が開かれたのだ。
大きな音を立てたので、教師が確かめに来たのかもしれない。
朔は鍵をかけなかったことを後悔する。
しかし意外にも扉を開けたのは雪人であった。
「……ゆき、と……?」
「朔、大丈夫? それにしてもすごい格好だね。パンツ見えてるよ」
「見るなっ……!」
朔はもがきながらも立ち上がる。
まだ背中が痛いが、それどころではない。
また部屋の中が薄暗くなった。雪人が扉を閉めたようだ。ついでに鍵もかけたらしい。
ぱんぱんっと朔はスカートについた埃を払う。背中にも付いているのだろう。だが届かないから、放っておこう。
顔を上げて真っ直ぐ、自分の前に立っている人に目を向けた。
「なんで雪人がいるの?」
思いっきり眉をひそめる朔に、雪人は苦笑する。
「そんな嫌そうな顔しなくてもいいのに……。頭が痛いですって授業抜け出してきた」
「だったら保健室に行け」
「嫌だよ」
不自然なほど早い返答だった。
突然真面目な顔をする雪人に、朔は首をかしげた。
「なんてね。朔を追いかけてきたんだから他のとこ行っちゃ意味ないでしょ。誰もついてきてないよ。でも朔がどこに行ったかわからなくてね。この部屋から大きな音がしたから、きっと朔がこけたんだなって思って開けてみたんだよ。大正解だったね」
真顔を引っ込め、作り笑顔でベラベラ喋り始める雪人を見て、朔はああ、と納得した。
そういや保健室の先生は都崎だった。
やはり雪人に都崎はタブーらしい。
朔はそれ以上何も言わなかった。
雪人を気づかい、というわけでなく、ただ単に自分が口を開くのを億劫だったからといえる。
とにかく、わたしは恵利について考えなくては……。
一瞬、雪人の登場で、恵利について忘れていた。
何か、勝手にだが恵利に罪悪感がわいた。
ごめん、恵利。
心の中で謝り、朔はまた落ち込む。
さっきの恵利は、すごく不機嫌だった。まだ怒っている。
わかっていたこととはいえ、やはりショックを受ける。
どうしよう。どうしたら恵利に許してもらえるだろう。
真剣に悩んでいるとき、朔の視界に妙に苛立つ雪人の笑顔が見えた。
無視しようかと思ったが、奴から話しかけてきた。
「で、どうしたの? 元気ないね」
「そんなことないよ。すっごい元気」
「真顔で嘘つかないでね朔」
黒い雪人の笑顔に、彼女は思わず黙る。
雪人は先ほどの黒いオーラを引っ込め、すぐに可愛らしい美少女っぷりを発揮した。
エセだが愛らしい雪人を久しぶりに見たと朔は思った。
雪人はにっこりと笑う。
「ねえ、朔。悩みがあるなら僕に相談してみない?」
この世で最も端麗で頼りにならない、というか胡散臭い相談相手が凄艶に微笑んでいた。
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