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5. 相談相手




 騒がしい教室の中、朔は一人決心を固めた。
 静かに深呼吸をする。
 恵利の机に向かって、一歩一歩足元を確かめながら進む。
 朔が近づいてくる気配を感じ、恵利がそれを見上げた。
 恵利と目を合わせながら、朔はグッと拳を握り、キュッと唇を噛んだ。
 そしてそのままで、なぜか彼女は口を開かない。
 喋りだそうとしない朔に、恵利の方から話しかけた。
「……何?」
 思いっきり不機嫌そうな声に、朔はキッと恵利を見た。
 ゆっくりと口を開ける。
「あのー、恵利さん……」
「いきなり卑屈にならないで。ムカつくから」
「ごめんなさい……」
 もう駄目だ。
 朔はそれ以上何も言わず、とぼとぼと教室のドアに向かって歩き出す。
 授業を受ける気はないようだ。




 どこかサボれる場所はと朔は一人、廊下を歩きながら考える。
 しかし、どれも恵利と一緒にいた場所しか思い浮かばない。そこに行く気、というか勇気はない。
 適当に歩いていたら、目の前に、ふるぼけた扉が見えた。
 確かこの扉は、あの時雪人を連れ込んだときの……。
 微妙にえぐい表現をしながら、朔は扉のノブに手を掛ける。
 開いた。
 朔は何も考えず中に入った。
 相変わらずここは、わずかな光しかない。薄暗い部屋だった。
 だが今の朔には丁度いい。
 ボロボロになった埃の積もった机の上に座る。

 寂しくて、心細くて、自分を抱きしめるように、朔はその上で体育座りをした。

 が、足をすべらせて机から落ちてしまった。

 ドガシャンという音が響く。
 まぬけな光景とは裏腹に、朔は背中に痛みを感じる。

 痛いんだから、泣いてもいいよね。

 こらえていた涙が溢れ出しそうになったときだった。
 いきなり、新しい光が差し込んだ。
 扉が開かれたのだ。
 大きな音を立てたので、教師が確かめに来たのかもしれない。
 朔は鍵をかけなかったことを後悔する。
 しかし意外にも扉を開けたのは雪人であった。
「……ゆき、と……?」
「朔、大丈夫? それにしてもすごい格好だね。パンツ見えてるよ」
「見るなっ……!」
 朔はもがきながらも立ち上がる。
 まだ背中が痛いが、それどころではない。
 また部屋の中が薄暗くなった。雪人が扉を閉めたようだ。ついでに鍵もかけたらしい。
 ぱんぱんっと朔はスカートについた埃を払う。背中にも付いているのだろう。だが届かないから、放っておこう。
 顔を上げて真っ直ぐ、自分の前に立っている人に目を向けた。
「なんで雪人がいるの?」
 思いっきり眉をひそめる朔に、雪人は苦笑する。
「そんな嫌そうな顔しなくてもいいのに……。頭が痛いですって授業抜け出してきた」
「だったら保健室に行け」
「嫌だよ」
 不自然なほど早い返答だった。
 突然真面目な顔をする雪人に、朔は首をかしげた。
「なんてね。朔を追いかけてきたんだから他のとこ行っちゃ意味ないでしょ。誰もついてきてないよ。でも朔がどこに行ったかわからなくてね。この部屋から大きな音がしたから、きっと朔がこけたんだなって思って開けてみたんだよ。大正解だったね」
 真顔を引っ込め、作り笑顔でベラベラ喋り始める雪人を見て、朔はああ、と納得した。
 そういや保健室の先生は都崎だった。
 やはり雪人に都崎はタブーらしい。
 朔はそれ以上何も言わなかった。
 雪人を気づかい、というわけでなく、ただ単に自分が口を開くのを億劫だったからといえる。
 とにかく、わたしは恵利について考えなくては……。
 一瞬、雪人の登場で、恵利について忘れていた。
 何か、勝手にだが恵利に罪悪感がわいた。
 ごめん、恵利。
 心の中で謝り、朔はまた落ち込む。
 さっきの恵利は、すごく不機嫌だった。まだ怒っている。
 わかっていたこととはいえ、やはりショックを受ける。
 どうしよう。どうしたら恵利に許してもらえるだろう。
 真剣に悩んでいるとき、朔の視界に妙に苛立つ雪人の笑顔が見えた。
 無視しようかと思ったが、奴から話しかけてきた。
「で、どうしたの? 元気ないね」
「そんなことないよ。すっごい元気」
「真顔で嘘つかないでね朔」
 黒い雪人の笑顔に、彼女は思わず黙る。
 雪人は先ほどの黒いオーラを引っ込め、すぐに可愛らしい美少女っぷりを発揮した。
 エセだが愛らしい雪人を久しぶりに見たと朔は思った。

 雪人はにっこりと笑う。

「ねえ、朔。悩みがあるなら僕に相談してみない?」

 この世で最も端麗で頼りにならない、というか胡散臭い相談相手が凄艶に微笑んでいた。




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