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4. 謝ろうと思ったのだ




 また、やってしまったのかと朔は思った。
 自分の家に着き、玄関のドアを開ける。
 母がいるはずのリビングを素通りし、階段を上がって自分の部屋にさっさと入った。
 制服を着替えるつもりもなく、力の抜けた体をベッドに預けようと倒れこむ形で飛び込んだ。
 しかし、目測誤り壁と床に激突して痛かった。
 だが朔は立ち上がらない。
 死んだように動かない。
 恵利を、泣かせてしまった。
 まだ恵利と仲良くなりたての頃も、彼女を傷つけてしまったことがあった。
 もしかしたら、今まで何度も彼女を傷つけてきたのではないかと考える。
 恵利は、自分の傷ついた気持ちを表に出さない。
 いつも笑って、誤魔化している。
 時々、それに気付いたときがある。
 今、友人は無理して笑っているのだと。
 何か、悩み事があるの?
 そう訊こうとしたこともある。
 だが、結局一度として訊ねなかった。
 訊いたところで自分が何かいいアドバイスができるとは思わなかったし、第一、自分に答えられるようなことならきっと最初から恵利は自分から相談するだろう。
 自分は余計な首突っ込まない方がいい。
 そう思っていた。
 しかし。
 本当にそれでよかったのか。
 一度ぐらいは、どうしたのかと訊ねたほうがよかったんじゃないのだろうか。
 自分は、訊ねても「朔には関係ないよ」と恵利に拒まれたくなかっただけじゃないのか。
 きっとこれは反省ではない。
 それでも次から次へとそういう考えが出てくる。
「だあああああ!」
 ゴンゴンゴンゴンと何度も床に頭を打ち付ける。
 額と頭の芯がジンジンと痛む。
 その痛みが、ますます朔にモヤモヤを与える。
 机の上にある物を全部壁にぶつけてやりたい。ベッドに乗っかってどすどす跳ねたい、蹴りたい。全てを、壊したい。
 そんな衝動に駆られたとき、一階から誰かが駆け上がってくる音が聞こえた。母だ。
「朔うるさい! 床が抜ける! それに帰ってきたらただいまでしょ!」
 母親の顔を見たからといって朔の悩みと不機嫌な気持ちがどこかに吹っ飛ぶわけでなく、当然、逆だ。
 イライラが増す。
「……ノックもしないでいきなりドアを開けないで」
「まあ、ノックだなんてこの子は……ませちゃって。まるで、思春期の男の子のようね!」
 意味がわからない。
 何だかドッと疲れが出て、その疲れでイライラが押しつぶされた。
 一人で苛立っているのがばからしくなってくる。
「うるさくしてごめん。もう音立てないからさっさと部屋出ていって」
「なあに? 朔、あんた何か悩んでるでしょ。もしかして恋の悩み?」
 楽しそうにきく母。出ていけといってるのにこの親は……!
「違う。さっさと部屋を」
「もう朔ったら、ちょっとは相談とかしなさい。母はいつも、朔は自分のことを何も話さないから寂しがってるのよ」
 恵利の顔が浮かんだ。
 だから、何となく、話そうと思った。
「ねえ、母」
「ん?」
「母は、友達と喧嘩したことある?」
 母は、おかしそうに笑った。でも、腹は立たない。
「当たり前よ。よく喧嘩したわ」
「例えば? 母はいつも自分のことを話さないとか言われたことある?」
「そうねえ……。あんたはいつも自分のことしか話さないで、人の話を聞かない。聞いたら聞いたで、すぐ他人にバラすって、よく言われたわ……」
 ああ、この人じゃ相談相手には絶対ならない。
 そんなのどう考えてもわかりきったことなのに、自分は一体何を期待したのだろう。
「今すぐ出てけ」
「ちょ、ちょっと朔、押さないでよ。だって、しょうがないじゃない、母は噂話大好きなんだから……!」
「いいから出てけ」
 無理やり母を部屋から追い出し、ドアを閉めた。鍵はないので掛けられない。
 ドアノブを握り、耳をすませる。母が階段を下りていく音が聞こえた。
 朔は息を吐き、そして、先ほど疲れで押しつぶされたイライラが倍に膨れ上がるのを感じた。
 体が震えるのを感じる。怒りで震えているのかと思えば、それは携帯のバイブだった。
 そんなことにも気付かないなんてと、少しだけ冷静な部分が自分を嘲った。
 ほっとこうと思ったが、恵利かもしれないと、ひらめいた。
 急いで携帯を取り出す。
 雪人からだった。
 なんだと思いながら、一応メールを開いた。

『朔元気? 僕元気』

 それだけだった。相変わらず意味のないメールを送ってくる。
 ……知らねえよ。
 今までこんなに苛立つメールはもらったことがない。あまりにもタイミングが悪い。
 朔は携帯を投げつける。壁ではなくベッドにだったので、壊れはしない。
 イライラする。
 母と雪人のせいで膨れ上がったイライラは、朔の中で許容範囲を超えてしまった。
 イライラは爆発し、そして、恵利に謝ろうと、そう思ったのだ。





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