続  恋をした。2  中編

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 溢れ出る涙を止めることができない。
 なぜだろう。
 自分が何で泣いているのかわからない。
 泣きたくないと思うのに。
 涙は勝手に零れ落ちる。
 誰かに、この涙を止めてほしい。


 朝目覚めると、涙は止まっていた。
 何だ、勝手に止まるんじゃん。
 案外たいしたことなかったと、思った。
 私は顔を洗い、学校へ行くため制服を取り出した。




 教室に入ると、犬塚くんがためらいながらも、あいさつしてきた。


「吉田、おはよう」
「おはようございました」

 何故か私のあいさつは過去形となった。
 沈黙が流れる。
 犬塚くんが気まずそうにしている。
 私も気まずい。
 何か話さなくては。

 そう思った瞬間には口を開いていた。

「リンゴジュース飲まない?」

 思わぬ言葉に犬塚くんが驚く。
 思わぬ言葉に私も驚いた。
 また沈黙が流れる。
 しかし次にそれを破ったのは彼のほうだった。
「い、今から?」
「ううん、放課後。あの公園で」
 犬塚くんが、少し意外そうに目を開く。
 だがすぐに「わかった。放課後に公園だね」と言って、自分の席にと戻っていった。


 何であんなこと言ったのだろう。
 私も自分の席に戻った。そして考える。
 何のために、犬塚くんをさそったのだろう。
 そう思いながら、前の席の子の後頭部を見たら思い出した。
 私は、犬塚くんに告白したんだ。
 でも、あれはホントに告白なんだろうか。
 モヤモヤする。そうだスッキリしたいのだ。
 私は、犬塚くんにキチンと告白して、スッキリしたいのだ。
 それは、犬塚くんを利用しているようで、何だか悪い気がするけど。
 このままでいいはずないのだ。
 モヤモヤしたままでは、おいしいものを食べても、素直にうまいと感じられないのだから。





 帰りのSHRが終わった。今日掃除はない。
 早く、公園に行かはなくては。
 私は、学校の犬塚くんは苦手なのだ。何となく。
 さっさと学校を出ようと、急いで私は教室を出た。



 学校の校門を出たところで誰かに呼び止められた。
 犬塚くんだ。
 前にもこんなことがあったような気がする。
 そう思って、ぼんやりと、昨日のことだと思い出した。
「吉田、一緒に行かないのか?」
「……あ、そうだね。一緒に行けばいいね」
 思いつかなかった。へんな話だけど。
 何だか、私が一緒にリンゴジュースを飲む犬塚くんは、あの公園でぼんやり待っているような気がしていた。


 結局公園に着くまで、二人は何も話さなかった。
 公園の自動販売機で、二人はリンゴジュースを買った。
 そして、ベンチへと向かった。


 前と同じように、いつものように二人は並んでベンチに腰を下ろす。
 そして同時に飲みだした。
 二人とも何故か一気飲みだった。
 結構きつい。
 リンゴジュースを全て、飲み干してしまった。
 隣を見ると、犬塚くんも、もうないのかと缶を横に振っている。
 二人はリンゴジュースを飲み終えた。
 私は立ち上がる。
「じゃあ、ばいばい、犬塚くん」
「えっ、吉田もう帰るの!?」
「うん。リンゴジュースもうなくなったし」 
 そのまま歩き出そうとしたら、突然腕を掴まれた。
「吉田、座ってて。俺、リンゴジュース買ってくる」
 そう言って、犬塚くんは走り去っていった。
 前にも彼が走り去る後姿を見たような気がする。
 私はまたベンチに座った。

 そういえば私、リンゴジュース飲むだけじゃなくて、告白するんだった。
 と、今更ながら思い出す。
 忘れていた。リンゴジュースを飲むのに夢中で。
 情けなくなってため息をつく。
 走って近づいてくる足音が聞こえる。
 顔を上げればやはり犬塚くん。
 だが驚いた。
 彼の手には手一杯のリンゴジュース。
 ちょっと数えてみることにした。
「ごめん。財布に千円しか残ってなかったから八本しか買えなかった」
 数え終わる前に答えを言われてしまい、少しショックだった。
 彼はリンゴジュースをベンチにガタゴトと置いて、自分もそこに座る。
 私と犬塚くんの間には大量の、正確に言えば八本のリンゴジュース。
 奇妙な光景な気がする。
 しかし気にしないことにした。
 お金は、と訊くと、いいよと彼は言った。
 どうしようかと思ったが、無理に返すのもあれなので、今度また返すことにした。
 だけどスッキリしても、また今度は来るのだろうか。
 私は、告白をしにきたのだ。

「私は、犬塚くんが好きです」

 思い出した瞬間には、告白していた。
 犬塚くんは、本日二本目のリンゴジュースを吹きだした。
 もったいない、と思いながら私は咳き込む犬塚くんの背中をさする。
 前にもこんなことがあったような気がする。
「よ、吉田、それは冗談なのか?」
「……怒るよ」
「ごめん」
 彼は下を向く。
 もしかしたらあのありんこがいるかもしれない。
 だけど私は空を見上げた。
 いつか見た空だ。
「吉田」
「なに?」
「何で俺が好きなの?」
「何でって?」
 犬塚くんは、たぶん二本目であるはずのリンゴジュースの缶を見つめる。
「だって俺、男のくせにリンゴジュース好きだし」
 そんなの関係ない。
「しかもそれ吹きだしちゃうし」
 おあいこというやつだ。
「財布に千円しか入ってないし」
 それで目一杯のリンゴジュースを買ってくるあなたは素敵だ。
「それに俺、吉田なんかって、言った」
 …………。
「気にしてないよ」
「ホントに?」
「少しだけ、してる」
 今日、何度目かの沈黙が流れる。
 私は、下を向いてあのありんこを探した。いない。
 何だか哀しくなってきた。
「俺、やっぱり吉田に好かれるような男じゃないよ」
 そんなこと、言わないで欲しい。
「私は、犬塚くんが好きだ」
「好きじゃない」
「好きだ」
「嘘だ」
「ホントだ」
「怒るよ」
「私だって怒る」
 泣きそうになるからもうやめて欲しい。
「私、帰るね」
「リンゴジュース、まだある」
 そうだけど。そう言おうと思って犬塚くんの顔を見た。
 また、泣きそうな顔をしていた。
 今日は何だか、前にあったことがよく起こる。
「犬塚くん、泣きそうなの?」
 喋って、私の中にとても冷静な面と、とても慌てている面があることに気づいた。
「そんなわけ、ないだろ」
 他にも、いろんな感情が湧き上がる。
「泣いてもいいよ」
 いろんな感情が渦巻き、弾く。
「泣くわけないだろ、男なのに」
「男なのにとかそういうの気にするの、あほみたいだよ」
 どうか私、壊れないで。
「あほって……」
 そう言った途端、犬塚くんは泣き出した。
「ほら、泣きたいんなら泣けばいいじゃん」
「うるさい」
 そう言いながら、歯を食いしばってるようだけど、全く涙は止まらない。
「泣いたほうがスッキリするって。スッキリしないと、楽しいときとか嬉しいときとか素直に笑えないよ」
「何だよ、素直にって」
「犬塚くんは、ばか素直に顔に出るから」
「ばかとかあほとか言うな」
「ごめん」
 頭を撫でたら、あのときのように彼はスナオに泣いてくれるだろうか。
 触れようかどうしようか迷った。
 迷った瞬間。

 私は走り出していた。

 そして、公園を抜け出す。




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