朔は親子丼を、恵利は日替わりランチをお盆に乗せて、隅に空いている席に座った。
心なしか視線が痛いような気がする。
自意識過剰かと思ったが、やはりこちらをチラチラ見てくる者がいる。
まさかとは思うが、もう噂がまわったのだろうか。
まさかとは思うが、女子の中に男子の目もあるような気もするのだが思い過ごしか。
まさか、と思って朔は親子丼に食らいついた。
うまい! と思っていたとき、恵利が朔の名を呼ぶ。
恵利は真剣な顔つきをしていた。
不思議に思いながら、「何?」と訊くと、友人は声を落としながら、疑問に疑問を返してきた。
「宮下君と、いったいどういう関係なの?」
関係ときたか。
話をするのに、失礼になるかと思って箸をおいた。
多少大袈裟だなと思いながら、友人とはきちんと話せそうだと朔は安心する。
さっきの女子たちよりずっと。
朔は質問に答える。簡潔に。
「わからない」
簡潔すぎたその言葉に、恵利は眉をひそめる。
しかし声を荒げるわけでもなく、次の質問をする。
「何で宮下君は朔を呼び捨てにしてるの?」
「知らない」
ますます恵利の眉間にしわがよる。
いささか簡潔すぎたかと心配になった。
だがしかし、休憩時間にはいえなかった言葉は言えて、少しすっきりした。
とりあえず付け加えてみる。
「ほんとに知らないの。宮下君とは話したことがあったかもわからないし、何で呼び捨てにするのかもわからない」
実際、謎だった。
話をしたことがあったかわからないどころか、目を合わせたこともなかったかもしれない。
なのに、今朝、男とは思えぬ、とても可愛らしく微笑みかけられた。
声をかけられ、呼び捨てにされた。
……忘れていた。それから、キスされた。私の記憶が間違ってなければ。
間違っていて欲しいと思ったが、そのことについて考えるのはもうやめた。
とにかく彼は謎だ。
教室でも心配して声をかけてくれたかと思うと、朔が女子たちに取り囲まれている間、彼は本を読んでいた。
本当に、わけわかんない。
朔がそこまで考えたとき、恵利が口を開いた。
「朔、本当にわからないのね」
うん、と朔が答える。
「そう。でも、めんどうなことになったね」
「そうだね」
「そうだねってあんた、事の重大さがわかってるの?」
「重大さって?」
朔がそう訊くと、恵利ははぁっとため息をついた。
「いい? ウチの学校はただでさえ色恋沙汰が少ないの。だからちょっとしたことですぐに噂になるのよ」
へー、そうなんだ。
呟きながら、そろそろ親子丼にまた手を付け始めてもいいかなと悩む。
「しかもよりによって、宮下君が相手となっちゃ、全校中に噂は広がるわ」
箸に伸ばしかけていた朔の手が止まる。
「全校中に? 嘘でしょ?」
「嘘じゃないわ。まず間違いなく広がるわ」
「な、何で?」
「宮下君だからよ」
友人はきっぱりと答える。
それが答えになるんかいとツッコミたい気持ちでいっぱいになった。
恵利はそれに付け加えて説明してくれた。
「まだどうしてって顔してるわね。ちゃんと言うと、ウチの学校は他校に比べてかっこいい男子が少ないの。昔から。だけどね……って、朔。そんなどうでもいいって顔しないでよ」
「はい」
「だけどね、私たちの学年だけ例外だった。それが宮下君ってわけ」
「そんな大袈裟に言わなくても」
「全然大袈裟じゃないのよ。宮下君は中学からこっちに来たらしいからそれまで誰も知らなかったみたいだけど、入学当初はそりゃ大騒ぎよ。あんな美少年、めったに見られないもの」
美少年というか美少女って感じだけど、と思ったが余計な口出しはしなかった。
「学校中が大騒ぎ。それで町中も。他校でもかなり噂になって、わざわざ彼を見に来る人が大勢いたの」
そりゃすげえ、と半分呆れたような白けたような気持ちで話を聞く。
「朔は途中から引っ越してきたから知らないだろうけど、それで、一時は大変なことになっちゃって。だからある決まりごとができたの」
「決まりごと?」
「宮下君には必要以上近づいても、仲良くしてもいけない。ただ、見るだけにしようっていう」
「く」
くだらない。その言葉をなんとか押さえられた。しかし、何ともくだらないではないか。
「そういうことだから、宮下君がある女子を下の名前で呼んでいるっていうだけで、すごいことになるの。覚悟したほうがいいわよ、朔」
何をだ。そう思ったが口には出せなかった。
思っていた以上にめんどくさいことになったのを、今更ながら気づいた。
何とかせねば。
そう思いながら朔は再び親子丼を食べ始めた。
Copyright(c) 2004 soki all rights reserved.
SEO
[PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送