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2. 保健医  都崎



 朔は今年から保健室に就任した若い男を思い出す。

 彼女の新しい保健医に対する第一印象は最悪だった。
 ただでさえ、大好きだった保健室の先生が定年をむかえ、落ち込んでいた。なのにその上、新しくやってきた男ときたら、眉にしわをよせて不機嫌面をし、無愛想で素っ気なく、やたらと大きかった。
 勝手に保健室の先生とは穏やかな雰囲気をもち、優しく微笑む小柄の女性だと決め付けていた朔は、心の中でなんじゃそりゃー! と叫んだのを覚えている。
「えー! なんで都崎先生が嫌なの!? かっこいいじゃん! 背高くて若くて美形で、あんなかっこいい先生初めてだよ!」
 友人が顔を赤くしてなにやら語っている。朔は目がどっかにいっているように見えた。そしてそうなったのは友人だけではなく、周りの女子生徒だけではなく全校女子生徒といえる。
 都崎が就任してから数日後、朔は派手に転び怪我をした。仕方ないと思いながら、保健室に向かって行くとそこからやたらと高い声が聞こえた。保健室に近づいて朔は驚いた。今まで熱を出した生徒が一人いるかいないかと、全く人のよりつかなかった保健室の周りには女子生徒がいっぱい。怪我したそうではなく、ましてはきゃーきゃー騒いでいるようでは身体の調子が悪いわけでもなさそうだ。とても入れる雰囲気ではなかったので中は見ていないが、きっとかなりの女子生徒がいるのだろう。
 その日以来、朔は全く保健室に近づいていない。自分で手当てできるように絆創膏もいつも持っておくことにした。
「もうっ! 聞いてる、朔? でね、都崎先生って確かにいつも怒っているような顔してるけど、手当てがとても上手でね……って!」
 そりゃ保健医なんだから手当てぐらいできなきゃいけないよ、と心の中で突っ込みを入れていた朔は突然、友人が声を上げたのでビックリした。
「こんなことを話している場合じゃない! 朔! 保健室!!」
 どうやら友人は都崎に気を取られ、朔の怪我のことをすっかり忘れていたようだ。こういうところがおもしろい子だなと、朔はまた微笑む。
「また! 何笑っているのよ! ほら! 早く!」
 先ほどまでとは違って、友人は全力で朔を引っ張る。朔は抵抗しようとしたが、制服が破れてしまったらいけないと思い、ずるずると保健室のほうへと引きずられる形となる。
 いいよ、と声を上げようとしたが、もう保健室が見えるところまで着いてしまった。保健室には外からでも入れるドアがある。
「ほら。まだ一時間目も始まってないから人いないよ。付いていってあげるから」
 と、友人は朔の制服から手を離し、言った。ああ、この子は私が人多いとこ嫌いなんだということをわかってるんだ……朔はまたもや微笑んだ。
「あ! だから何で笑うのよ! ほら、行くよ!」
 また朔の制服を掴んで保健室を入る友人に向かって彼女は言った。
「あ、いいよ。ひとりで行けるから。もうほんとに遅刻しちゃうから先教室行って」
 朔は強引に友人の手を振りほどき、バイバイといって保健室に向かって歩いた。自分のせいで友達を遅刻させるわけにはいかなかった。
「……うん。わかった」
 朔のそういう気持ちが伝わってか伝わっていないか、友人は少し困ったように眉を寄せる。
「ありがとう!」
 と、朔は照れて笑いながら友人にお礼を言った。友人も今度は安心したように笑い、「うん」と言って、教室に向かって歩き出した。
 正直いって、この、今の保健室に入るのにはかなり抵抗がある。しかし友人にここまでしてもらっただから、入らないわけにはいかなかった。ノックをしてドアを開けた。


 ――中には誰もいなかった。



「って、おい!」
 朔は一人突っ込みを入れる。保健室に保健医がいないとはどういうことだ! と、叫んだ後で、トイレに行っているのかもと思った。なら仕方ないよなと、朔は引き返すことにした。適当に傷口あらって、ティッシュで押さえとけば血も止まるだろう。
 朔は保健室の前にある水道で傷口をあらい、そのまま去ろうとした。そのとき、朔の頭上から声がした。


「おい」


 しまった、ドアを閉めるのを忘れていた。どうでもいいようなそうでないようなことを考えながら、朔は振り向く。ドアのところに若い男が立っている。


 都崎だった。



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