笑うとほんとに可愛いなあと、目の前に立つ少年を見て朔は思った。
男子から見たら、何でこいつは同姓なんだと悔しがるんだろうと男子に同情をする。
と、後ろから声がした。
「あほか。少しかすっただけだろ。しかも事故だ」
振り返ると、初めて見たときと変わらぬ不機嫌面の男。男は続ける。
「で、おまえはどうしたんだ?」
少年は答える。
「足を挫いたんです。サッカーの授業で。腕も擦りむいちゃって、血が止まらなくて」
「なら、入る前にそこの水道で傷口あらえ」
「はい。わかりました」
朔を通してというより、超えて会話が進む。そうだ、自分は用済みなんだ。
「じゃあ、失礼します」
朔は外にある靴を履いた。ちらりと横を見ると、蛇口を捻っている少年がいた。
少年も朔のほうを見た。そしてにっこりと微笑みかけた。
あまりに可愛すぎて思わず顔が赤くなるのがわかった。
朔は軽く会釈のつもりで頭を下げた。
保健室からの帰り、朔は走るでもなくぶらぶらと歩く。
そして美少女だったなあ、とさっき見た少年を思い出す。
確か、今年同じクラスになった人だったと思う。
――― 宮下……さすがに下の名前は覚えていない。たぶん、さっきの少年は宮下君だ。たぶん。
きれいな子だな、って思っていたから覚えている。
そういえば。
そういえば、宮下君、最初に何か言っていたような気がする。
それで、都崎があほか、とか事故だ、とかなんとかかんとか言って。
美少女にあほという言葉は似合わないなと思いながら、浮かんできた言葉がある。
『 いいのかな。
教師と生徒がキスなんかして 』
キス? 教師と生徒?
キスとは……うん。さっき考えた。唇が触れるとかそんな感じ。あれだ。接吻だ。
教師と生徒……教師って、たぶん都崎のことだろうな。あの男しかいなかったし。で、生徒は、たぶんわたしのことだろうな。わたししかいなかったし。
朔は冷静に考えを進めていく。いや、考えを進めていくという言葉はおかしいかもしれない。というか、考えるまでもないことだ。しかし彼女は進めていく。
キスは接吻。教師は都崎。生徒はわたし。
つまりだ。
『いいのかな。教師と生徒がキスなんかして』
という言葉は、
『いいのかな。都崎とわたしが接吻なんかして』
と、置き換えられるわけだ。
待てよ。
キスを接吻と置き換えるのはあまり意味はないか。
朔はどうでもいいことを考える。そして、地面に倒れこんだ。転んだのではなく倒れた。
わたしと都崎がキス? わたしと都崎が接吻? わたしと都崎がベーゼ?
ベーゼとは、フランス語でキスを表す。あまり意味のない変換を朔は次々と繰り返す。
つまりは。
結論を、出そうとしたときだ。後ろから誰かが声を上げた。
Copyright(c) 2004 all rights reserved.
SEO
[PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送