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5. 少年の微笑み



 笑うとほんとに可愛いなあと、目の前に立つ少年を見て朔は思った。
 男子から見たら、何でこいつは同姓なんだと悔しがるんだろうと男子に同情をする。
 と、後ろから声がした。
「あほか。少しかすっただけだろ。しかも事故だ」
 振り返ると、初めて見たときと変わらぬ不機嫌面の男。男は続ける。
「で、おまえはどうしたんだ?」
 少年は答える。
「足を挫いたんです。サッカーの授業で。腕も擦りむいちゃって、血が止まらなくて」
「なら、入る前にそこの水道で傷口あらえ」
「はい。わかりました」
 朔を通してというより、超えて会話が進む。そうだ、自分は用済みなんだ。
「じゃあ、失礼します」
 朔は外にある靴を履いた。ちらりと横を見ると、蛇口を捻っている少年がいた。
 少年も朔のほうを見た。そしてにっこりと微笑みかけた。
 あまりに可愛すぎて思わず顔が赤くなるのがわかった。
 朔は軽く会釈のつもりで頭を下げた。




 保健室からの帰り、朔は走るでもなくぶらぶらと歩く。 
 そして美少女だったなあ、とさっき見た少年を思い出す。
 確か、今年同じクラスになった人だったと思う。
 ――― 宮下……さすがに下の名前は覚えていない。たぶん、さっきの少年は宮下君だ。たぶん。
 きれいな子だな、って思っていたから覚えている。
 そういえば。
 そういえば、宮下君、最初に何か言っていたような気がする。
 それで、都崎があほか、とか事故だ、とかなんとかかんとか言って。
 美少女にあほという言葉は似合わないなと思いながら、浮かんできた言葉がある。

『  いいのかな。



 教師と生徒がキスなんかして  』




 キス? 教師と生徒?
 キスとは……うん。さっき考えた。唇が触れるとかそんな感じ。あれだ。接吻だ。
 教師と生徒……教師って、たぶん都崎のことだろうな。あの男しかいなかったし。で、生徒は、たぶんわたしのことだろうな。わたししかいなかったし。
 朔は冷静に考えを進めていく。いや、考えを進めていくという言葉はおかしいかもしれない。というか、考えるまでもないことだ。しかし彼女は進めていく。
 キスは接吻。教師は都崎。生徒はわたし。

 つまりだ。



『いいのかな。教師と生徒がキスなんかして』



 という言葉は、



『いいのかな。都崎とわたしが接吻なんかして』




 と、置き換えられるわけだ。

 待てよ。
 キスを接吻と置き換えるのはあまり意味はないか。
 朔はどうでもいいことを考える。そして、地面に倒れこんだ。転んだのではなく倒れた。
 わたしと都崎がキス? わたしと都崎が接吻? わたしと都崎がベーゼ?
 ベーゼとは、フランス語でキスを表す。あまり意味のない変換を朔は次々と繰り返す。

 つまりは。
 結論を、出そうとしたときだ。後ろから誰かが声を上げた。




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