BACK TOP NEXT


7. それだけのこと



 チャイムが鳴った。一時間目が終わったらしい。
 しかし朔はまだ転んだ場所、つまり宮下にキスされた場所に突っ立っていた。

 彼女は考えていた。
 頭の中をグルグル回って跳ねたり飛んだりする言葉たち。


 ベーゼ 宮下 先生と生徒 都崎 接吻 マヨネーズ 口付け キス


 なぜか余計な言葉が混じっている。

 朔はさっきからこの言葉たちをつないで何とか頭の中を整理しようとしている。だがなかなかまとまらない。
 こうなったら、あったこと自体忘れようと思っても全身がソワソワモワモワモサッモサッしてしまう。
 うやむやにできない体質なのだ。

 冷静に、考えて、はっきり、させよう。



 私は都崎とキスしてしまった。

 私は宮下君にキスされた。


 ………なんだ、それだけのことじゃん。

「スッキリしたー」
 軽い足取りで教室に向かう朔。
 確かに彼女は、開き直りに近い形だが、明確にした。今までの出来事を。しかも二行で簡潔に。
 しかし。
 そのはっきりした物事の捉え方は、一番タチの悪い現実逃避のようにも見えた。



「朔!」
 教室に戻るとすぐに名前を呼ばれた。
 朝、一緒に登校し、めんどくさがる朔に保健室へ行くように言った友人 花山恵利だ。
「恵利」
 駆け寄ってくる友人を見ながら、朔も近づく。
「大丈夫!? 遅かったじゃない。もしかして大変な怪我だったの?」
 朔の顔と怪我したところを交互に見ながら友人は慌てる。
 心配をかけさせてしまった。
 そう反省しながら朔は言った。
「ううん。全然。ちっともたいした怪我じゃなかったよ。だけどわたしがノロノロしてたから」
 だから遅くなってしまった。
 そう言って笑う。
 友人は、一応納得した感じで「そう」と言って、安心したように笑った。
 いい子だ、この子は本当にいい子だ。この子にはお嫁にいってほしくない。
 今度は父親の心境に浸りながら、涙ぐむかと思っていたとき。

 また後ろから声がした。

 今日はよく話しかけられる日だと思いながら、朔が振り向く。
 振り向いたところにいたのは宮下だった。

「朔、大丈夫だった?」

 彼のその言葉は教室中を一瞬にして静まらせた。




BACK TOP NEXT


Copyright(c) 2004 all rights reserved.
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送