「いい加減にして。わけのわからないことばかり言って。もうわたし帰るね」
宮下君が何を言ってもこのまま絶対帰る。
彼女はそう決心する。
「朔、都崎先生と付き合ってくれないの?」
当たり前だ。わけのわからないことをまだ言うか。
そう心の中で悪態をつきながら朔は歩き出す。
泣かれようが、睨まれようが、恨まれようが、かまわない。
揺らがないように一歩一歩着実に歩く。
ついでにこけないように。
もう絶対宮下君とは関わらない。
そう思った瞬間、宮下がまた呼びかける。
「明日朝一番教室で、朔って呼んで、駆け寄って、抱きしめてもいいよね」
ぴたりと朔の足が止まる。
「ぎゅーって抱きしめて、キスしてもいいよね」
「宮下君、それは脅しのつもり?」
とてもそんな言葉には思えない。
しかし彼の場合、それがちゃんと脅し文句となるのだから恐ろしい。
「まさか。そんなことないよ」
にっこりと微笑む。
だがそれは間違いなく朔を脅している。
自分の立場を知っているモテる奴ほどタチの悪いものはいない。
彼女はそう確信する。
「ただ人前で抱きしめてキスするだけなんだから」
宮下は念を押すように、笑いながらそう言う。
朔はまた、友人の話を思い出す。
そんなことされたらさらにめんどくさいことになる。そんなの嫌だ。
「宮下君って、案外卑怯だね」
「そうかな」
そう言って宮下はクスクス笑う。
怒っている朔が楽しくてしょうがないとでも言うように。
「都崎先生と付き合えって、どういう意味?」
「だからそのまんまだって」
「じゃあ、どうやって都崎先生と付き合えっていうの?」
「告白でもしたら?」
「『都崎先生、わたしと付き合ってください』って?」
「そう」
「それで都崎先生がわたしと付き合うと?」
「たぶん無理だね」
まるで他人事のように宮下は答える。
いや、他人事なんだろうけどさ、でも他人事じゃないでしょ。
わけのわからないことを朔は心の中で叫ぶ。
「宮下君、ふざけてる?」
「もちろんふざけてるわけじゃないよ」
「みやし」
「朔ならきっと大丈夫だよ」
この人は何を根拠にそう言うのだろう。
「日が暮れてきたね。そろそろ帰ろうか」
もう何が何だかわからなかったが、どうやら帰れるらしい。
「そうだね」
とりあえず相槌を打っておけ。
「協力してくれるよね」
「うん」
とりあえず頷いておけ。
というわけで、朔は家に帰れた。
宮下は、朔が断るのに家まで送ってくれた。
どちらかというと、朔は宮下がさらわれないか心配していたが、口には出さなかった。
宮下君って謎だ。
朔はそう思いながら、その晩、眠りについた。
Copyright(c) 2004 soki all rights reserved.
SEO
[PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送