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4. 大丈夫




「いい加減にして。わけのわからないことばかり言って。もうわたし帰るね」
 宮下君が何を言ってもこのまま絶対帰る。
 彼女はそう決心する。
「朔、都崎先生と付き合ってくれないの?」
 当たり前だ。わけのわからないことをまだ言うか。
 そう心の中で悪態をつきながら朔は歩き出す。
 泣かれようが、睨まれようが、恨まれようが、かまわない。
 揺らがないように一歩一歩着実に歩く。
 ついでにこけないように。
 もう絶対宮下君とは関わらない。
 そう思った瞬間、宮下がまた呼びかける。
「明日朝一番教室で、朔って呼んで、駆け寄って、抱きしめてもいいよね」
 ぴたりと朔の足が止まる。
「ぎゅーって抱きしめて、キスしてもいいよね」
「宮下君、それは脅しのつもり?」
 とてもそんな言葉には思えない。
 しかし彼の場合、それがちゃんと脅し文句となるのだから恐ろしい。
「まさか。そんなことないよ」
 にっこりと微笑む。
 だがそれは間違いなく朔を脅している。
 自分の立場を知っているモテる奴ほどタチの悪いものはいない。
 彼女はそう確信する。
「ただ人前で抱きしめてキスするだけなんだから」
 宮下は念を押すように、笑いながらそう言う。
 朔はまた、友人の話を思い出す。
 そんなことされたらさらにめんどくさいことになる。そんなの嫌だ。
「宮下君って、案外卑怯だね」
「そうかな」
 そう言って宮下はクスクス笑う。
 怒っている朔が楽しくてしょうがないとでも言うように。
「都崎先生と付き合えって、どういう意味?」
「だからそのまんまだって」
「じゃあ、どうやって都崎先生と付き合えっていうの?」
「告白でもしたら?」
「『都崎先生、わたしと付き合ってください』って?」
「そう」
「それで都崎先生がわたしと付き合うと?」
「たぶん無理だね」
 まるで他人事のように宮下は答える。
 いや、他人事なんだろうけどさ、でも他人事じゃないでしょ。
 わけのわからないことを朔は心の中で叫ぶ。
「宮下君、ふざけてる?」
「もちろんふざけてるわけじゃないよ」
「みやし」
「朔ならきっと大丈夫だよ」

 この人は何を根拠にそう言うのだろう。

「日が暮れてきたね。そろそろ帰ろうか」
 もう何が何だかわからなかったが、どうやら帰れるらしい。
「そうだね」
 とりあえず相槌を打っておけ。
「協力してくれるよね」
「うん」
 とりあえず頷いておけ。


 というわけで、朔は家に帰れた。
 宮下は、朔が断るのに家まで送ってくれた。
 どちらかというと、朔は宮下がさらわれないか心配していたが、口には出さなかった。

 宮下君って謎だ。

 朔はそう思いながら、その晩、眠りについた。



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