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1. バイバイ




 恵利と都崎の乗った車を見送りながら、朔はまだ心配していた。
 いやしかし、都崎を信用しよう。
 だがもしも恵利に何かあったら許さない。
 信用しているのかどうかわからないことを思いながら、もう見えなくなった都崎の車を睨んだ。


「朔、僕たちも帰ろう」
 少し後ろから声が聞こえる。宮下だ。
「宮下君、やっぱり送ってもらうのは悪いからいいよ」
 彼は朔の言葉に眉を寄せる。
「送る」
 ちょっと怒りのこもった声。
 朔は宮下に送ってもらうことにした。
「ありがとう」
 そう言うと宮下は、少し困ったように微笑んだ。


 宮下は何も話さない。
 朔も何も話さない。
 彼女は恵利の心配ばかりしていた。
 帰ったらすぐ電話をしよう。
 そう考えつつ、朔はずっと黙っている宮下の顔を窺う。
 一瞬、背筋が寒くなった。
 宮下の顔には何の表情も浮かんでいない。
 初めて見る、宮下の無表情。
 その冷たい表情は、都崎の無表情と少しかぶった。
 朔は、慌てて宮下から目を逸らした。



 結局、朔の家に着くまで二人は何も話さなかった。
 最後に朔はお礼を言う。
「宮下君、ありがとう」
 宮下は俯いていた。
 だがゆっくりと顔を上げる。
 朔はその宮下の表情に驚いた。
 泣きそうな、哀しそうな顔。
 いつかの子犬のような目とは違う、先ほどの無表情の冷たさを微塵も感じられない、情けない表情だった。
「朔」
 震える声で宮下は呼ぶ。
 朔は、そんな宮下を不思議に思いながら、心配になった。

 どうしたんだろう。

 朔が心配そうな顔をすると、
 宮下はにっこりと微笑んだ。

 いつかと同じ。
 そうだ。
 宮下君が、僕も優しくないんだと言ったときと同じ表情だ。

「バイバイ、園山さん」

 その氷のような冷たい笑顔に、哀しさを覚えた。




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