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誰の気持ちも考えていなかった。
いつも自分ばかり。
宮下君のことも恵利のことも結局考えていないんだ。
わたしは、いつも知らず知らずのうちに人を苦しめていたんだろうか。
4. 気づいたこと −後編−
「いい加減にして! 朔の悪口を言わないで!」
ずっと黙っていた恵利が突然立ち上がり、叫んだ。
朔も、カレーライスもチャーハンもヤキソバもラーメンも驚いた。
「朔、話があるの」
まっすぐと前を向き、朔を見る恵利。
朔は声を出せず、頷くことしか出来なかった。
「あのね……」
そう話し出そうとした恵利の言葉をラーメンが遮る。
「なに、私たち無視してるのよ!」
「あなたたちは黙っていて。このこと誰にも話されたくないでしょう」
きっぱりと言う恵利。ラーメンたちは恵利の言葉を聞くと、みんな黙った。
「朔、私の話を聞いて」
朔は、特に意識したわけではないが立ち上がった。
恵利と同じ目線になる。
「昨日、宮下君がみんなにお願いをしたの」
恵利の静かで、真剣な言葉。
「昨日の朝、朔が来る前、宮下君が、クラスのみんなにお願いをしたの」
何を言ったのだろう。
聞きたかったがせかすことになるのでやめた。
「そのとき、宮下君が怒っていて、みんなとても驚いた」
「宮下君が怒るってそんなに珍しいことなの?」
朔は思わず声に出してしまった。
その途端、四方から声が飛んでくる。
「珍しいどころじゃない! あんな宮下君初めてよ!」
「全部、あなたのせいなんだからね!」
「だいたい何であんたなんか!」
やみそうにない女子生徒たちの声を、恵利が収める。
女子生徒たちは静かになる。
「私が怒った宮下君を見たのは初めて。たぶん、他の人たちも初めてだった。怒るっていっても、怒鳴りつけるとかじゃなくて、とても静かに怒っているのが伝わってきた。あんな宮下君は、初めてだった」
宮下君が怒ったのはわかったから、早くお願いとやらを聞きたい。
朔は正直そう思った。恵利や女子生徒たちと違い、朔にとって宮下が怒るというのはあまり驚くようなことではなかった。
「教室に入ってきたときも、いつもと明らかに違う雰囲気だったの。普段の宮下君は冷静というか、いつも余裕たっぷりって感じでしょ。決して他人に自分の気持ちを悟らせはしないって感じで」
そうだろうか、と朔は思った。
やはり、少し恵利と自分の宮下君に対するイメージは違うようだ。
朔の宮下に対するイメージは、気分屋っぽくて、人をからかうのが好きで、確かに余裕綽々って感じだけど表情や感情の変化はソレナリにある気がした。
人に迷惑を掛けて楽しむ猫ってとこだろうか。
「宮下君がね、みんなに向かって言ったの。もう園山さんに迷惑を掛けないでって」
いきなり自分の名前が出てきて驚く。もしかしてお願いとはそのことなのだろうか。
「もう僕と園山さんは関係ないから、園山さんに迷惑掛けるのだけはやめてくれって、そう言ったの。ただそれだけの言葉だったんだけど、クラスのみんなは驚いて、怯えてた。私も何だか怖かった。いつもと違う宮下君が。怒っている宮下君が……。でも」
恵利はだんだん下がっていっていた頭を持ち上げる。
「でも、後で宮下君が廊下でこっそり、私だけに言ったの。昨日は、怖い思いをさせてごめん。もう二度と近づかないからって。そのときの宮下君、怖いどころか、とても哀しそうで、まるで泣きそうだった」
そこまで言うと、恵利が泣きそうになった。
朔にはわからなかった。恵利が涙ぐむ理由が。
宮下が悲しそうだったからか。つられて泣きそうなのか。
なぜ、泣くのかがわからない。
「廊下で、私たちも聞こえたのよ、それが」
カレーライスも立ち上がる。
「みんなで宮下君には近づかないようにしようって決めていたのに、勝手にあなたが宮下君になれなれしくして……!」
「元々あんたみたいな人が関わっていい人じゃないのよ、宮下君は! 親しくなっちゃいけないんだから!」
この人たちの言葉は最初からだったが、言っていることの意味がわからない。
ずっと聞き流すつもりだったが、今の言葉は何か引っかかった。
宮下の言葉を思い出す。
「そうよ。 宮下君は全然別の世界の人なんだから!」
何なんだ、この人たちは。
全く何を言ってるのわからないのに、怒りがこみ上げてくる。
いやそれより、恵利が、恵利が泣きそうになっている。
どうして泣きそうなのか理由を恵利に……、でも、前に言った宮下の言葉が頭をよぎる。
頭が混乱してきて、どうしればいいのかわからない。
でも次のチャーハンの言葉で、朔に一つだけはっきりしたことがわかった。
「なんで宮下君はあんただけ特別扱いするのよ……!」
瞬間、確かに朔は怒りを感じた。
宮下君がわたしを特別扱いするんじゃない。
この人たちが宮下君を特別扱い≠キるのだ。
散々彼女たちは言っていたじゃないか。近づかないようにしようとか別の世界の人とか。
宮下の言葉を思い出す。
『みんな僕と関わりたがらない。僕に距離を置いて、遠くから見るだけなんだ』
その意味がやっと、わかった気がする。
周りが、宮下に勝手な先入観を抱き、勝手に特別扱いし、勝手に遠ざかって触れないようにしている。
『周り』が全ておかしいんだ。
そう叫びたかったが、自分にそんな資格などないことを朔は知っていた。
いや、そう気づいた。
なぜなら朔も、そんな『周り』の一人だから。
勝手に先入観を抱いていたのは、朔も一緒だった。
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