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8. メール




 朔と宮下は友達になった。
 友達になるという言い方はおかしいかもしれないが、互いに友達だという意識が芽生えた。
 飽くまで、お互いの考えている「友達」である。
 普通の友達の定義などないのだから、そこは本人たちの問題だ。
 だから、朔と宮下は友達になったといえる。

 しかし表面上は何の変わりもない。
 朝、宮下も朔も挨拶をすることはない。
 宮下の朔に対する呼び方は「園山さん」のままである。だがしかし、呼ぶこともあまりない。
 全く無関係のように接する。
 朔はそんなことする必要はないと宮下に言った。
 だが宮下は「朔が危ない目に遭ったらいけない」と言って譲らなかった。
 朔は承諾し、学校で宮下に話しかけることはなかった。
 しかし宮下は、最後に付け加えるのを忘れなかった。
「もし朔が危ない目に遭ったら、絶対助けるよ」
 寒い言葉を、いとも簡単に笑顔で言う宮下に、朔は胡散臭さを感じた。

 特に学校の外に会うことのない二人はほとんど会話することがない。
 表面上だけでなく、前とあまり変わらない気がする。
 だが二人にとっては大きな変化があった。
 それは互いの携帯のアドレスを聞いたことだった。


 その夜、朔の携帯にメールの受信を告げる音が鳴った。
 宮下からだった。
 記念すべき宮下からの初メール。
 しかし朔はわーいと喜ぶこともなく、無表情でメールを開けた。
 眠かったから。
 もう寝ようかと思っていた時刻は九時。遅い時間帯というわけではもちろんないが、朔は眠たかった。
 よって感動はあまりなかった。

『朔! 元気!? 初メールってやつだね!』

 しかし宮下はそうではなかったようで。
 短く、たいしたことのない内容のなか、喜びが溢れ出ている。
 朔は一言返信する。

『ねむい』

 すぐメールは返ってきた。

『朔、眠いの!? だめだよ、寝たら! 起きて! お願い! メールしよ!』

 宮下君はそんなにメールが好きなのか、と朔は眠い目をこする。

『でも、メールで話すことなんて特にないよ?』

 オネガイを容赦なく切り捨てる朔。
 しかし宮下はあきらめなかった。

『何言ってるの!? いくらでもあるじゃないか! ほら、お互いのことを質問するとかさ』
『別に宮下君について聞きたいことないよ』
『朔、ひどい! それに「宮下君」じゃなくて下の名前で呼んで』

 朔は、考える。
 だが思いつかない。

『宮下君の下の名前って何だっけ?』
『……雪人。ユキトって読む』

 わざわざ「……」をつける彼は、きっと拗ねた顔をしているんだろうと朔は思った。

『ありがとう。それじゃあ雪人くんだね』
『くん、いらない』
『……雪人』
『うん! やっぱり呼び捨てがいいよね!』

 自分も「……」をつけて、何となく拗ねた気持ちを表したかったのに、雪人は全く気づいていないか、無視している。

『雪人、で、もう話すことないよ』
『そんなことないよ! じゃあ僕が朔に質問するね。えーと、誕生日は? 血液型は? 趣味は? 得意な教科、嫌いな教科は?』
『……雪人、それはそんなに訊きたいことなの?』
『全然。でも他に訊くことない』

 それじゃあ訊くな!
 朔はメールを打つ。

『わたしもう寝るね』
『えー! だめ! 朔も何か質問して!』

 彼が訊いた質問の答えはどうでもいいようだ。
 それもそうだろう。嫌いな教科を知ったって別に嬉しくない。
 朔も答える気はない。

『さっき下の名前訊いた』
『だめ! あんなの質問っていわない!』

 朔は画面を睨む。
 一体どうすればいいんだ。必要ないのにメールを送らなくてはいけないなんておかしな話だ。
 しかし、朔はひらめいた。
 急いでメールを打つ指を動かす。

『なんで、わたしに都崎先生と付き合えって言ったの?』

 忘れていたが、気になっていたことだった。
 いい機会だから聞いておこう。朔は雪人のメールを待つ。
 だが彼からメールがなかなか返ってこない。
 今まではすぐ返ってきてたのにと朔は首を傾げる。
 よっぽど言いたくないことなのか。
 もしかしたら何か深い事情があるのか。
 朔が返ってこない理由を考えながら、やっと雪人からがメール来た。
 朔は急いで開ける。
 そこには

『遅くなってきたね。そろそろ寝ようか。じゃあ、おやすみ朔 ( ̄3 ̄)チュ』

 ……チュじゃないよ! チュじゃ!
 しかもその顔文字微妙だし!
 朔は夜にも関わらず、怒りのツッコミを入れる。
 思いっきりはぐらかされた。
 わかりやすいとかそういう問題じゃなく、ストレートにはぐらかされた。
 しかもかわいくない顔文字まで付けて。いや、逆にかわいく見えたりするけど……。
 朔は怒りも全て吐き出すようにため息をつくと、雪人のメールはまだ続いていることに気づいた。
 文章はないけど改行が繰り返されれている。
 何か、書いてあるのかも。
 朔は少し緊張しながら画面を見る。
 そして最後の一文が出てきた。

『P.S 一度顔文字使ってみたかったんだ♪』

 そんなことはどうでもいい。
 しかもわざわざ最後に音符つけやがって……。


 やはり朔にとっては、宮下雪人はよくわからない人だった。



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