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3. 向けられる目




 突然頬を叩かれた都崎だったが、その冷静さは全く失われてなかった。
 無表情な顔に戻り、睨み続ける朔の顔を見ている。
 朔は叫びたいのを何とか押し殺しながら、低い声で言う。
「あんな言い方ないと思います」
 何とか日本語を喋れたところ、まだまだ自分には理性が残っているらしいと判断する。
「言い方とは?」
「断るとしても、あんな酷いフリ方ないです。もっと、優しくとか……」
「言い方はどうであれ、内容は同じだ。その必要はないだろう」
 朔はぐっと黙る。
 もちろん都崎の言うことが的確だったからではない。
 あまりの酷さに言葉がなくなったからだ。
 口をつぐんだ彼女の中に次々と悪態をつく言葉が溜まる。
「なぜ園山が怒る? さっきの女子生徒はおまえの知り合いか?」
「知りません!」
 都崎は、朔の知りませんという言葉を、女子生徒と知り合いではないという意味にとったのか、少し不思議そうな顔をする。
 しかし朔は、なぜ怒るかという問いに対して知らないと答えた。
 確かになぜ自分はこんなに怒っているのだろうか。

 怒る必要などないではないか。
 別にさっきの女子生徒がフラれようと、都崎が酷いフリ方をしようがどうでもいいじゃないか。
 いや。
 そんなことはない。
 あんな酷いフリ方はやはりない……だが自分には関係ない。
 私が口出しする話じゃない。
 だけど………でも………しかし…………。

 悩み続けた朔の結論は、どうでもいいじゃないか、だった。


 ―――だがしかし。


 どうでもいい≠アとで、都崎を叩いてしまった。

 朔は急に、とんでもないことをしたんじゃないかと思い始める。

 やばい……! こうなったら、

 逃げるしかない。

「では都崎先生、失礼します!」
 朔は靴をつっかけ、急いで保健室を出て行く。
 卑怯なわたしを許してください。
 いつか素直になれたとき謝りますから……!
 心の中で必死に言い訳しながら謝っても、都崎に伝わるはずもないし、許されることでもない。
 そうはわかっていても、都崎の顔を見て謝れない朔は、必死に下駄箱まで走った。

 都崎には当分会いたくない……!

 全速力で走っても転ばなかったという、何とも喜ばしいことに朔は気づかず、都崎に会わないようすることしか考えられなかった。



 ガラリと教室のドアを開ける。
 中にいる生徒がいっせいに振り向き、とても怖い。
「園山は……また保健室に行ってたんだな?」
 授業を中断された教師は、恵利に保健室に行っていると聞いたのか、よく保健室に行く朔に慣れたのか、朔が頷くのを見る前に出席簿に書き込む。
 朔は、十分に目立っているのだが、コソコソと席に着く。
 椅子に座ってほっと息をつく。教室でこんなに安らかな気持ちになったことがあっただろうか。
 しかし朔が安心できていたのも束の間。
 少し経ってからまた教室のドアが開く音がする。
 しかし朔は気にせず、呑気に窓の外を眺めていた。
「都崎先生、何で教室に?」
 教師が驚いたように教室のドアを開けた人物に言う。
 ……都崎?
 都崎が教室に? まさか、何で保険医が教室に来るんだ?
 そんなこと、あるわけがない。
「園山が保健室に鞄を忘れたので」
 都崎の声尾が聞こえる。
 鞄?
 ……そういえば持ってなかった。
 真面目に授業を受けようと思わず、教科書も筆記用具も何も机に出していない彼女は鞄を忘れていたことに気づいていなかった。
 しかし鞄などどうでもいい。都崎とは会いたくないってさっき思ったばかりなのに。
 失礼しますと言って、都崎が教室に入ってくる音がする。
「園山、何をしている。早く受け取れ」
 教壇に立っている教師が睨みながら朔にそう言う。
 朔は迷いながらも立ち上がり、都崎のほうを向く。しかし目は絶対合わせないように。
 都崎はもう朔の目の前にいた。
 顔は見ないよう、彼女は下を向きながら都崎から鞄を受け取りお礼を言う。
 とても都崎の顔など見れなかった。
 どれぐらいの強さで都崎の頬を叩いたのか覚えていない。
 思いっきりひっぱたいたかもしれない、そこまで力をこめなかったかもしれない。
 都崎の頬が赤くなっていたらどうしよう、とそのことを確認することは朔には出来なかった。
 都崎がまた失礼しましたといって、教室のドアを閉める。
 朔はドアの閉まる音を聞いて全身の力が抜けるような気がした。
 あまりにもほっとするその朔に、見ている人は不思議に思うだろう。
 だがしかし、クラスの目はみな、出て行った都崎に向けられていた。

 ただ一人、宮下雪人を除いては。




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