BACK TOP NEXT


5. 揺らぐもの




「ちょっと雪人、どういう、ん? タイミング? よ、すぎの?」
 何とか声が出た。しかし何から訊けば言いかわからず、朔の言葉は全くまとまっていない。
「杉乃? 朔、落ち着いて。思わず隠れちゃったんだけど、どうする?」
 どうするって……。
 二人は、ちょうどあった茂みに隠れるようにしゃがんでいる。
 朔は一体何から隠れたのか問おうとしたとき、一台の車が目に入る。
 車は彼女が通った小さい坂からではなく、他の道から来たようだ。
 その車はさっき朔たちが居たところの近くに止まる。
 見覚えのある車だ。
 どこかで、どこで見た車だったかな?
 朔が答えを出す前に、運転席のドアが開く。
 中から降りてきた人物を見、朔は目を見張る。
 それは、都崎だった。
 見間違いかと思ったが、いくら目を凝らしても、降りてきたのは都崎。
 驚いてまた声の出ない朔に、更なる衝撃が走る。
 助手席のドアも開く。降りてきたのは前に一度だけ見たことのある、都崎の恋人だった。
 どうしてこの二人が……!?
 朔の驚きに都崎とその恋人が気づくはずもなく、二人は景色に近づく。
 さっきまで自分が見ていた景色を、都崎が恋人と一緒に見ている。
 それはとても不思議で悲しい気持ちだった。
 話している声はよく聞こえない。
 しかし都崎は一言も話してないようで、口を開いていない。
 恋人のほうは子どものように笑い、はしゃいでいる。
 一見、大人っぽくてとても清楚に見える女性が、あんなにはしゃぐ姿を見せるとは思わなかった。
 大人っぽく、でも子供ようにはしゃぎ、きれいで、かわいい人。
 何か、わからないこの気持ち。とてもつらい。
 女性は自分の恋人に笑顔を向ける。
 そのとき、都崎の表情が少し優しくなった気がした。
 二人は近づき、お互いの唇を重ねる。
 キス。
 恋人同士なら当然行われる、それは儀式のようなもの。
 朔はとても静かな気持ちになった。
 驚きも、悲しみもしない。つらくもない。
 ただ、見たくなかったと思った。
 都崎と女性は車に戻り、二人を乗せた乗り物は走り出す。
 前にも、都崎の車が走り去っていくのを見たことがある。
 ぼんやりと思い出す。
 何も思わなかった、はずなのに。

「結局、隠れたままだったね」

 隣から突然声がする。立ち上がる気配がした。
 雪人の存在をすっかり忘れていた。
 彼のほうを向くと、やはり雪人は笑ったままだった。
 その彼の笑顔を見た瞬間、朔は怒りと声を取り戻し、彼女も立ち上がる。
「一体、どういうこと?」
「何が?」
「何で、都崎先生と恋人の人が、ここに来るの?」
 さあ、と言って雪人は笑う。
「僕も驚いたよ。それにしても朔、随分ショックだったみたいだね」
「ショック? 誰が?」
「朔だよ。自分で気づいてる? 泣きそうな顔をしているよ」
 泣きそう? まさか。都崎のキスシーンを見たからって何も思わない。思うはずがない。


 雪人は、今までで一番残酷な笑みをうかべ、楽しそうに言った。


「都崎先生がそんなに好き? そんなに気になるんだったら教えてあげようか。

 都崎先生の恋人――三原玲子さんのこと」



 少し風が吹く。さまざまなものが揺らされる中、雪人の貼りついたような笑顔だけは揺らぐことはなかった。




BACK TOP NEXT


Copyright(c) 2004 soki all rights reserved.
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送