「ちょっと雪人、どういう、ん? タイミング? よ、すぎの?」
何とか声が出た。しかし何から訊けば言いかわからず、朔の言葉は全くまとまっていない。
「杉乃? 朔、落ち着いて。思わず隠れちゃったんだけど、どうする?」
どうするって……。
二人は、ちょうどあった茂みに隠れるようにしゃがんでいる。
朔は一体何から隠れたのか問おうとしたとき、一台の車が目に入る。
車は彼女が通った小さい坂からではなく、他の道から来たようだ。
その車はさっき朔たちが居たところの近くに止まる。
見覚えのある車だ。
どこかで、どこで見た車だったかな?
朔が答えを出す前に、運転席のドアが開く。
中から降りてきた人物を見、朔は目を見張る。
それは、都崎だった。
見間違いかと思ったが、いくら目を凝らしても、降りてきたのは都崎。
驚いてまた声の出ない朔に、更なる衝撃が走る。
助手席のドアも開く。降りてきたのは前に一度だけ見たことのある、都崎の恋人だった。
どうしてこの二人が……!?
朔の驚きに都崎とその恋人が気づくはずもなく、二人は景色に近づく。
さっきまで自分が見ていた景色を、都崎が恋人と一緒に見ている。
それはとても不思議で悲しい気持ちだった。
話している声はよく聞こえない。
しかし都崎は一言も話してないようで、口を開いていない。
恋人のほうは子どものように笑い、はしゃいでいる。
一見、大人っぽくてとても清楚に見える女性が、あんなにはしゃぐ姿を見せるとは思わなかった。
大人っぽく、でも子供ようにはしゃぎ、きれいで、かわいい人。
何か、わからないこの気持ち。とてもつらい。
女性は自分の恋人に笑顔を向ける。
そのとき、都崎の表情が少し優しくなった気がした。
二人は近づき、お互いの唇を重ねる。
キス。
恋人同士なら当然行われる、それは儀式のようなもの。
朔はとても静かな気持ちになった。
驚きも、悲しみもしない。つらくもない。
ただ、見たくなかったと思った。
都崎と女性は車に戻り、二人を乗せた乗り物は走り出す。
前にも、都崎の車が走り去っていくのを見たことがある。
ぼんやりと思い出す。
何も思わなかった、はずなのに。
「結局、隠れたままだったね」
隣から突然声がする。立ち上がる気配がした。
雪人の存在をすっかり忘れていた。
彼のほうを向くと、やはり雪人は笑ったままだった。
その彼の笑顔を見た瞬間、朔は怒りと声を取り戻し、彼女も立ち上がる。
「一体、どういうこと?」
「何が?」
「何で、都崎先生と恋人の人が、ここに来るの?」
さあ、と言って雪人は笑う。
「僕も驚いたよ。それにしても朔、随分ショックだったみたいだね」
「ショック? 誰が?」
「朔だよ。自分で気づいてる? 泣きそうな顔をしているよ」
泣きそう? まさか。都崎のキスシーンを見たからって何も思わない。思うはずがない。
雪人は、今までで一番残酷な笑みをうかべ、楽しそうに言った。
「都崎先生がそんなに好き? そんなに気になるんだったら教えてあげようか。
都崎先生の恋人――三原玲子さんのこと」
少し風が吹く。さまざまなものが揺らされる中、雪人の貼りついたような笑顔だけは揺らぐことはなかった。
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