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6. ナイスパンチ




 ミハラ レイコ。
 都崎の恋人の名前。
 三原 玲子、かな?
 あ、でも礼子かもしれないし麗子かもしれない。
 ………いや、そうじゃなくて。
「みはら……れいこ……という人は………」
 朔はそこで言葉を切る。
 雪人は笑ったまま「玲子さんは年上だよ」と言う。
 それは、見たらわかるんだけど……ああ、呼び捨てにするなということか。
 朔がぎゅっと手をにぎりしめ、真っ直ぐ雪人の目を見て訊いた。
「三原レイコさんのレイコってどういう漢字なの?」
「王に指令の令で玲子。あきらとも読む漢字だよ」
 雪人は空に玲子と指で書く。
 三原 玲子、さんか。
 うん。疑問解決。
 って、そんなわけない。
 朔は、自分なりに今の状況を冷静に整理する。
 今朝はご飯、お味噌汁、昨日の残り物をおかずに、日本茶。
 昼は他人丼を食べた。おいしかった。
 そして今、雪人と一緒に都崎とその恋人のキスシーンを見てしまい、二人は去っていった。
 その後、雪人は言った。

『教えてあげようか。都崎先生の恋人――三原玲子さんのこと』

 朔は目を閉じる。
 整理してもあまり意味はなかった。だがしかし、確実なことが。
 雪人は三原玲子さんのことについて知っている。
 ゆっくりと目を開き、またまっすぐ雪人を見つめる。
「教えて。三原玲子さんのことを」
 なぜ教えてといったのかわからない。
 知ったってどうにもならないし、それが何かの役に立つとは思えなかった。
 ただ朔は聞きたかっただけだった。都崎の恋人について。
 雪人はとてもかわいらしく笑う。
「やっぱり興味あるんだ。都崎先生の恋人に」
「いいから。早く教えて」
 先ほどと違っていたって冷静に喋る朔に、雪人は少し意外そうな顔をしつつも、口を開く。

 雪人の、話が始まる。


「玲子さんは………………………あれ?」

 話が始まる、と思いきや、雪人は長い沈黙のあと「あれ?」と首を傾げる。
 そして朔に「ごめん」と謝る。
「……どうしたの?」
 謝る雪人を当然のことながら訝しげに思いながら、朔は訊ねる。
 雪人は笑って答えた。
「えーっとね、自分が考えていたよりも玲子さんのことについて知らないみたい」
「は?」
 あまりにも予想外だった答えに朔は目を丸くする。
 宮下はそんな朔には気にせず、「そうか、僕って玲子さんについて何も知らないんだなぁ」と頷いて納得している。
 行き場を失った朔の驚きは、雪人への怒りとかわる。

 ごめんねと笑いながら言う雪人の腹に、朔は驚きと怒りの入り混じった鉄拳を食らわす。

 顔にしなかったのは、雪人のきれいな顔を殴るのは気が引けたという、どこか冷静なところがあったからだ。
「ゲホッ」
 雪人は突然のボディブローに対処できず、自分のお腹をおさえる。
「な、ナイスパンチ……」
 しかし、きれいにきまる朔のパンチを褒めるのは忘れず。
 朔はお腹をおさえる雪人も、その褒め言葉も無視し、鞄を持って歩き始める。
 歩きはいつしか走りにかわる。


 キスをした都崎。
 その相手三原玲子さん。
 そして全くもって意味もわけもわからぬ雪人。


 朔はその三人から逃げるように走る。
 しかしいくら走っても逃げられるわけもなく、むしろ自分から飛び込んでいくような錯覚を起こす。
 それでも朔は走り続けた。





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