BACK　TOP　NEXT

1.　出発！？

『今度の日曜日、遊園地行こ！　遊園地のフリーパス券もらったんだ。朝九時に朔の家に迎えに行きたいんだけど、早い？』

　来たか。

　朔はひとりため息を吐く。
　わかっていたさ。きっと誘いが来るであろうということは。だけど急だな、おい。
　フリーパス券……奢ってもらうということでいいのだろうか。しかし、金払えと言われてもお金がない。よし。ここは黙っておこう。
　せこいことを整理し、朔は返信する。

『早く、ないけど……、今度は何をたくらんでるの？』

　絶対に何かある。
　確信している。
　いつも雪人のペースだ。知らず知らずのうち、というか無理やり引き込まれる。
　今、自分がどんな状況にいるのかわからなくなる。前まではそんなことなかった。いや、考えたことがなかった。
　これが大人になるということかと、朔は遠い目をする。
　メールが返ってきた。

『たくらむだなんて人聞きの悪い。ただ僕は朔とデートしたいだけなのに。ちょっと話したいことがあるしね。観覧車の中で』

　観覧車限定……！？　観覧車に何かあるのか？
　考えてもさっぱりわからない。こういうときは、何も考えないほうがいい。
　それよりポジティブに考えよう。
　遊園地！　久しぶりだ。しかもタダ！　たぶん。
　大好きなジェットコースターに乗って、あと、観覧車も好きだ。あのギコギコいうスリルがたまらない。それも乗れる。
　そうだとしたら、何てラッキー！　これ以上ないというぐらいにツイているではないか。バンザーイ！
　そう思い、朔は明日の遊園地に備えて、さっさと寝ることにした。
　ベッドに横になった瞬間、最近自分の性格がおかしくなってきているのに気づく朔がいた。



　急いで服を引っ張り出す。靴下はどこだ！？
　いやそれより前に顔を洗って……ああ、何でもっと早く起きなかったのか。
　目覚ましをセットするのを忘れていた。
　とにかく出かけられる格好に着替え、一階のリビングに降りる。
　キッチンに入ると朔の母親はのんびりとトーストをかじろうとしていた。
「朔、朝から何？　どたばたして。今日どこか出かけるの？」
「遊びに行くの。それよりお母さん、そのトーストちょうだい」
　母が持っているコンガリ焼けたトーストを見る。
「何言ってるのよ朔。これはお母さんが眠い目をこすり、バターを塗り、焼いてまたその上からバターを塗り、また焼く、それを繰り返してやっとできた眠気とあくびの感動の傑作であって」
　朔は朝っぱらからトーストにかける母の苦労話をのんびり聞いているわけにはいかず、構わず感動の傑作にかじりつく。
「こら、朔！　お行儀の悪い！　それにこれはお母さんのよ！」
「急いでるの！　感動の傑作はまた作って！　それよりもう九時になっちゃう……」
　ピンポーンとチャイムの音が響く。
　朔はすでにトーストの半分を食べている。
「朝っぱらから誰？　って、もう朔そんなに食べて……！　しょうがないわね、それはあげるわ」
「ありがとう。それより出なくていいの？」
　たぶん雪人だろうが、母お得意の長話でもしてもらって時間稼ぎして貰わなくては。トーストに掛けた自分の努力でも語ってくれると有難い。
　はいはい、と言って朔の母親は椅子から腰を上げる。
　朔はトーストを口に詰め込み、牛乳に手を掛けようとする。
　どちらさまーという声と共に、玄関のドアが開く音がした。朝早くからすみませんという雪人の声も聞こえる。
　よしっ、そこでトーストについて語ってくれ！　と願いながら、朔は母のレタスとベーコンと目玉焼きの入った皿に手を出す。
　これを食べて、歯を磨いたら出よう。
　そう思いまた母のものを口に詰め込み、洗面所に向かう。
　すると「朔ー！」という母の大声と、ドタバタ走る音と、ドタッとこける音がした。
「朔、どこ！？　出てきなさい！　どうしましょう！？　あなたー！」
　わけのわからぬ母の呼びかけにこたえてじゃないが、朔は歯を磨き終わり、母の前に姿を現す。
　母は、すごい形相で朔に飛び掛り、ガシッと肩をつかむ。
「朔！　ものすっごい美少年が玄関に……！　ど、どど、どうしましょう！？」
　どうするもこうするもないと思いながら、朔はいってきますと言い、肩から母の手をはがす。
　玄関に行くと、私服姿の雪人が立っていた。
「朔、おはよう。もう出れる？」
　うん、と朔は頷き、靴を履く。そしてもう一度いってきまーすと言って、我が家の玄関のドアを閉めた。
「さあ、朔、早く乗って」
　雪人に腕を引っ張られる。
　乗って？　車で来たのか？　でも雪人が免許を持っているはずな……
　い、まで頭の中でさえ思う暇なく、車の後部座席に引きずり込まれ、ドアが閉まる。

　なぜか、運転席には都崎が、助手席には三原玲子さんが乗っていた。

BACK　TOP　NEXT