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4. はずれないイヤな予感




「雪人……泣くぐらいなら、ジェットコースター怖いって言ってくれればいいのに……」
 目に涙が溜まっている雪人をなぐさめるよう、彼の頭を撫でながら朔は言った。
 キッと雪人は朔を睨む。半泣きな状態で睨まれても彼女は全く怖くなかった。むしろかわいい。
「泣いてないよ! そりゃ朔みたいにジェットコースター大好きってわけじゃないけど怖いわけじゃ……なんで、あの時話しかけたのさ!」
 子どもみたいに拗ねる雪人はかわいかった。
 かわいいねー、と頭を撫で続けたら、雪人はかわいくない! と怒った。


 キャーっと相変わらず悲鳴が聞こえる。
 朔は見上げて、雪人がこうなってしまったジェットコースターに乗ったときのことを思い出す。
 朔にジェットコースター怖いの? と訊かれたあと、雪人はそんなわけないじゃん! と言い、彼女の手をひっぱってジェットコースターのもとに並んだ。
 まだ朝早かったのでジェットコースターは空いており、あまり並ばずに乗れることとなる。
 朔たちが乗る番となった。
「い、一番前……」
 雪人が少したじろぎながら言う。
 朔はもうジェットコースターに座っており、雪人もおそるおそる、朔の隣に座る。
「雪人、一番前怖い?」
「一番前に乗ったことないんだ。やっぱり後ろに比べて怖い?」
 安全装置の確認をしてくださいというアナウンスが聞こえる。
「うーん。よくわかんないや。一番前にしか乗ったことないから」
 ガタンと揺れ、ジェットコースターが動き出す。
「わー。動きだしたね、雪人」
「そ、そうだね」
 声からも緊張しているのがよくわかる。
 安全バーをしっかり握っている雪人の手が見える。
 このジェットコースターは最初に一番大きな波がくる。そこから一気に加速し、一回転し、洞窟をかたどった暗闇の中に入り、そこでも上がったり下がったりの繰り返しで、あっという間に終わりをむかえる。
 今、その一番大きなところを上っている。
 ガタコンゴトンと揺れるたび、緊張が増す。
 朔はこの緊張感が好きだった。もっというとどんどん高く上っていくジェットコースターから見下ろす遊園地の景色が好きだった。
 更に高くなっていくジェットコースター。
 小さくなっていく人。そしてなんと海が見えた。この遊園地は海沿いに、いや湾内にあるといったほうが正しいのかもしれない。
 きれいだと、思った。
 よし、緊張している雪人に教えてあげよう。
「雪人、雪人、海が見えるよ!」
「え? あっ! ほんとだ!」
 きれいだね――と雪人は言いかけただろう。
 だが最後まで彼は言えなかった。
 なぜなら、突然体が中に浮くようにふわりとなり、そして
 一気に落ちたのだから。
 角度六十度と聞いていたが、乗っていたらそれは直角に落ちているように思える。
 ジェットコースターは一気に加速し、まるで頭から吸い込まれるように落ちていく。
 わー! と朔はそのスリルを楽しんでいた。
 だが雪人は、絶叫、どころか、声を上げることすらできぬほど驚き、そして怖かった。
 安全バーをしっかり握って目を瞑っていれば耐えられるだろうと考えていた雪人だが、朔に話しかけられ、思わず安全バーから手を離してしまった。そのときジェットコースターは下りとなり、一気に加速し、雪人は安全バーをもう一度握るどころか目を瞑ることすらできなかった。
 あっという間に暗闇の中に入り、地獄が待っていた。
 そしてジェットコースターが到着し、止まったときには雪人は心身ともに疲労し、あまりの怖さに涙が滲んだ。

 ジェットコースターから降りたあと、二人はすぐ近くにあったベンチで休んでいて、今に到る。
「だからごめんってば、雪人」
 ぷいっと顔をそむけたまま、雪人は拗ねる。
 朔はジェットコースターに誘ったことも怒っているのかと思っていたが、雪人は途中で話しかけてきたのと、それ以上にかわいいねと子ども扱いする朔に、そして一番大きいのがジェットコースターが苦手で朔に心配掛け、困らせている自分に怒っていた。 
「もう、大丈夫だよ、朔」
 雪人はこれ以上情けない姿を見せたくないと、微笑みながらそう言った。
 朔は安心する。
「じゃあ次はメリーゴーランドいこうか。それともコーヒーカップ?」
「……朔、僕のことばかにしてるでしょ?」
 えっ、してないよ、と朔は言ったが、雪人はまた少し拗ねた。


 結局二人はメリーゴーランドには乗らなかったものの、コーヒーカップには乗った。
 あははうふふというバカップルの王道を見せ付けてくれるかと思ったものの、二人はどっちが先に酔うかと勝負を始めカップを一生懸命回し、最後に二人とも酔った。
 休憩したり、並んだり、乗ったり、それを繰り返していたら、あっという間に時間が過ぎた。
「もう少しでお昼の集合時間だね。あと一つだけ乗っていこうか」
 雪人が腕時計を見ながら朔に言った。
「うん。んーっと、何乗ろっか?」
「ねえ、観覧車に乗らない?」
 突然、雪人の雰囲気が変わった気がして朔は雪人のほうを向く。
 相変わらずの笑顔があった。
「うん、いいけど、観覧車って最後に乗るものじゃないの?」
「また乗ればいいよ。話したいことあるし、行こう」
 手を引かれる。
 そういえば言っていた。話したいことがある。観覧車で、と。
 一体何の話だか朔には見当つかなかったが、なにやら少しイヤな予感がした。




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