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8. よかった




「しっと……?」
「そう、嫉妬」
 雪人は真顔のままだ。しかしそれは、真面目な顔という意味ではなかった。
 笑っても、怒っても、蔑んでも、泣いてもない。何の表情も浮かんでいない顔だった。
 笑った顔とは、また違った意味で完璧で、それ故に無機質だった。ひとじゃないみたい。
 そんな彼に嫉妬という言葉は似合わない。
「何で……? 玲子さんは都崎先生の恋人だから?」
「それだけじゃないよ、全部だよ」
 雪人が、笑った。
 こわい。
「ねえ、なんで朔は都崎先生が好きなの?」
 雪人の手が、近づく。
 朔の頬に、触れる。
「僕は都崎先生を好きになれないよ」
「好きに…なれない……?」
「みんな都崎先生を好きになる。僕だけなれない。僕は、都崎先生に嫌われてる」
 声は、震えて、まるで泣いているみたいなのに、雪人は、ますます笑う。
 哀しんでいるのか、おもしろがっているのか、わからない。
「嫌われてる?」
「昔から、一緒に住んでいたときも、いつも都崎先生は僕を避けていた。遊ぶどころか、喧嘩したことも一度もないし、話した覚えもあまりない。いつだって拒絶された」
 クスリと、雪人は、朔に向けて笑った。
「何で都崎先生を好きになったの? どうやったら好きになれるの?」
 雪人の笑った顔は、おもしろがっているようで、楽しんでいるようで、嘲っているようで、哀しんでいるようで、怒っているようで。
 その全てで、朔は怖かった。
 ひとじゃない。
 目の前にいるのは誰だろう。
 ばけもの、だろうか。
 こわくて、こわくて、何かが切れた。

 涙が
 溢れ出
 ることはなかった。

 ……なぜ泣く必要がある?
 ばけものじゃない。
 目の前にいるのは、雪人だ。
 朔はキッと雪人を睨む。
「な、何がどうやったら好きになれるの、だ」
「朔?」
「わ、わたしは最初、都崎なんて、目つき悪い、いつも不機嫌面の、嫌な奴だと思ったのに」
「朔……」
「それは、わたしの勘違い、だったんだろうけど、好きになるなんて、考えてもなくて」
「朔」
「べ、別に好きになりたくてなったわけじゃない! あんな、きれいな恋人がいて、好きになったってしょうがないでしょ! 雪人が、無理やり引きずりこんだんじゃん! わたしは、なりたくて、都崎を好きに、なったわけじゃない!」
 初めて朔が都崎を好きだということを口にした。
「朔……ごめんね……」
「うー、雪人のばか!」
「うん」
「あほ!」
「うん」
「ドジ! まぬけ! とんちんかんのガキ!」
「う……他のはいいとして、まさか朔にドジと言われるとは……」
「う、うるさい! しかも雪人すごく怖かったし!」
「僕、怖かったのかな……?」
「怖かったよ! 恐怖の大魔王かと思ったよ!」
「だ、大魔王……」
「しかも女顔で、きれいだし!」
「……誰が、女顔だって……!?」
 あ、雪人が怒った。
「あれ? 雪人、女顔なの気にしてるの?」
 雪人が拗ねる。だからその拗ね顔がかわいいのに。
 いよっ、この美少女! かわいいねー!
 と、はやしたら雪人がますます怒った。
「何だろう。さっきまで深刻というか、シリアスっぽい雰囲気だったのになんで」
「雪人の女顔の話になったんだろうって?」
「そうそう、じゃなくて……!」
 はぁっと雪人は息を吐いて、笑った。
 優しい笑顔だった。
「朔、好きだよ。朔と友達になれてよかった」
 突然何を言うかと驚いた。

 だが、朔も笑った。




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