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3. もう知らない



 
 というわけで来週の日曜日、都崎の誕生日会に行くことになった。
 しかも場所は都崎の家。
 まさか一生のうちで、都崎の家を訪ねることがあるなんて、当然のことながら思っていなかった。
 何がどうしてこんなことになったのか。
 本当に何が起こるかなんてわからない。

 誘われて頷いてしまったことはもう仕方ないと、それについては、朔はあきらめることにした。
 だが、一つ悩みがある。
 それは、プレゼントを買わないといけないのかということだ。
 もちろん、都崎の誕生日プレゼントである。
 誕生日会に招待されたのだから、それぐらい用意しないといけないだろう。
 だが男に何をプレゼントすればいいかなんてわからない。
 父親の誕生日プレゼントぐらいは、幼い頃に買ったことがあるが、今回上げる相手は、父親ではなく、都崎である。
 あの都崎である。
 何が欲しいか、全く見当がつかない。

 そして、やはりまた朔はため息をつくのだ。

「どうしたの、朔?」
「え?」
「最近ため息ばかりついてるわね。何か悩み事? 大変なことでもあったの?」
 横を向けば心配そうな顔をした恵利がいた。
 しまったと思った。
 確かに最近自分はため息ばかりついている。
 隣にいる人にため息をつかれて、気分を悪くしない人がどこにいる。
 それなのに、よりによって恵利の前でため息をつくとは、友人に対する自分の配慮のなさに朔はショックを受け、反省した。
「別に、何もないよ」
 口角を上げて、できるだけ笑って答えたが、恵利はまだ心配そうな顔をしている。
「本当に?」
 最近、何もなかったとは、自分でもとても思えないし、思わない。
 恵利には、雪人と友達になったところまで話したが、都崎の婚約者のことや四人で遊園地に行ったこと、都崎と雪人の関係、そして誕生日会に誘われたことなど、一切話していない。
 彼女に都崎の婚約者のことを話すのは、自分が都崎のことを好きだと言うようなもんな気がして、あまり言う気にはなれなかったし、人のプライバシーに関することをベラベラ話すことも気が引けた。そうすると、遊園地のことも何だか話しにくいし、兄弟だったなんてそれこそプライバシーに関わることであり、よって誕生日会のことも話せない。
 というわけで朔は恵利に何も話していないし、話そうとも思っていなかった。
 恵利としては、せめて朔が都崎のことを好きだということだけは話して欲しいのだろうが、朔はとても他人にそんなことを話せない。
 もちろん彼女は恵利のことを嫌いだというわけでないし、信用していないわけでもない。
 それどころか、彼女は、都崎よりも雪人よりも一番恵利が好きだろう。
 しかしそれは好きとか嫌いとかそういう問題ではなく、朔が友人に話すことか違うことかわけるところにある。
 そして朔は全て友人に話すことではないと判断した。
 だから彼女は話さなかったし、そして今その友人を目の前にしても、口を開く気はなかった。
「本当に、何もないよ」
 朔は作り笑いをして答える。
 恵利は二回否定されると、よっぽどのことでない限りそれ以上訊いたりしない。
 朔が自分のことをあまり話さないのは知っていたし、訊かれても答えないということは、あまり話したくないことだともわかる。それにしつこがられるのも嫌だ。
 だからそれ以上は訊かない。
 それは決して友人に対する心配がなくなったわけでないし、よけい気に掛けさせることを朔は気付いていないし、考えてもみなかった。
 だが、恵利は全く気にしてないように振舞う。
「そう。じゃあ朔、私ちょっと相談事があるんだけどいいかな?」
 朔と違い、恵利はつとめて自分のことをよく話す。
 話題をつくるのと、自分のことを話すと、朔も自分自身のことを話しやすくなるだろうと思っているからだ。
「え、うん。相談ってなに?」
「あのね、私好きな人ができたの」
 グホォッとまた二度と再現できないような咳き込みかたを朔はした。
 恵利にす、好きな人? 好きな人って、好きな人ってなに!? 一体どこのどいつだ!?
「誰? 好きな人って誰? わたしの知っている人!?」
「さ、朔……、なんか顔が怖い……。うん。朔の知っている人よ。といっても朔は、あまり好きじゃないみたいだけど……都崎先生よ」
 もう咳き込む余裕もないほど驚いた。
 都崎先生? 都崎ってあの都崎? 恵利が都崎を好き?
「う、嘘だよね恵利?」
 恵利は少し眉をひそめる。
「嘘ってなによ。本当よ」
「何で? 何であいつが好きなの?」
「前からカッコいいって思ってたのよ。だけどやっぱりカッコいいと好きは違うでしょ」
 恵利の頬がだんだん赤く染まっていく。
「じゃあ何で好きって……」
「最後まで聞いてよ。でもね、前、都崎先生に車で送ってもらったときあったでしょ。あれ以来、都崎先生の顔見るたびドキドキして、もしかして、私、都崎先生のこと好きなのかもって……」
 恵利が都崎に車で送ってもらったときって、随分前じゃないか。あんな前から? そんなに前から恵利は都崎が……。
 嘘だ。
 恵利が都崎なんかを好きになるはずがない。
 あいつは、告白してきた生徒に『くだらない』という男なのだ。
 だめだ。絶対にだめだ。
 それに、都崎には恋人がいる。玲子さんという恋人が。恵利も一緒に見たではないか。
 恵利はそれを覚えていない? それとも信じていない?
 とにかく、都崎はだめだ。
「だめだよ、恵利」
「何が?」
「都崎先生は絶対にだめだよ」
 染まっていた頬から赤が消えた。
 かわりに眉間に皺が刻まれる。
「そんなこと……、朔に言われることじゃない」
「でも」
「何よ……。朔はいつも自分のことは話さないで、ため息ばかりついて。何もなかったわけないのに嘘もつくじゃない。友達だからって、そんな朔に『だめ』だなんて言われたくない」
 そう言って恵利は朔から顔を背ける。

 確かに、そうだ。
 その通りだ。
 全く否定できない。

 だけど……

「恵利、違うの、話を……」

 何を、話せばいいのだろう。

 玲子さんのことを? 一体どこから、いや恵利に話していいことか。
 そのまま黙る朔に、何も話さない友人に、恵利はとうとう痺れを切らした。

 怒りより、哀しみのほうが、大きかった。

「朔なんてもう知らない!」
 そう言って恵利は朔のほうに顔を向ける。
 急いでなんとか弁解しようと思った朔は、思わず言葉を失った。

 恵利の目に涙がたまっている。

 固まる朔を置いて、恵利は走って去っていった。




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