BACK TOP NEXT


1. 優しくない人



 後ろを向いても誰もいない。たぶん。
 よかった、と朔は前を向く。
 しかし。
「ここどこ?」
 前の景色は見たことのない街並みだった。
「え? 朔、ここわからないの?」
 うん、と朔は頷く。
 その後すぐ、彼女は不安になった。 
「もしかして、宮下君もわからないの?」
「いや、わかるよ」
 わかりますか。
 あっさりとした彼の答えに少し気が抜ける。
「朔、足は大丈夫?」
 何度も訊く宮下に朔は少し苦笑する。
 大丈夫だから気にしないでと答える。だいたいすぐ転ぶ自分が悪いのだしと朔は考える。
 そう、と言った後、宮下は朔に訊く。
「ねえ、朔。もう少し歩くことになるんだけど、景色のいいところにいかないかい?」
「え?」
「ここじゃちょっと人目につくみたいだし」
 周りを見ると、通る人通る人が宮下をちらちら見ている。
 そうだね、と朔はいい、二人はまた歩き出した。




 確かに景色のいいところだった。
 町全体がよく見渡せる。
 そんなに歩いていないはずなのにこんなところがあったとは。
 朔が景色に見入っていると、宮下が尋ねた。
「きれいでしょ?」
「うん。こんなところがあるなんて知らなかったよ」
「実際、此処を知っている人は少ないみたいだよ。よく此処に来るけど、人を見かけたのは数回だから」
 後ろに立っていた宮下が朔に並ぶ。
 急に、真面目な声になった。
「朔」
 少し驚き宮下の顔を見る。
 表情も真面目な顔つきとなっていた。
 美人な人は笑った顔もきれいだが、真顔も恐ろしいほど美しい。
 朔はジッと見られて、眼をそらしたくなる。
 宮下の言葉は続かない。
 沈黙が何ともきまづい。
 朔は自分から沈黙を破ることとした。
「ね、ねえ、何で私のこと呼び捨てにするの?」
 とりあえず出てきた言葉は、まともだったので安心する。
 ずっとひっかかっていたことだった。
 彼がなぜ突然自分を呼び捨てにしたのか。
 宮下は少し目を開き、すぐにああ、と微笑む。
「言おうとしていたことなんだ。恥ずかしいことなんだけどね、みんな僕と関わりたがらない」
「え?」
「話す前から僕に距離を置くんだ。もちろん、誰だってそんなんだろうけど異常に構えるんだ。
 初めのうちは、それが普通だとも、気にし過ぎかとも思った。
 だけどやっぱりみんな、僕に距離を置いて、遠くから見るだけなんだ」 
 宮下はそこで言葉を切る。
 美人にもそんな悩みがあったとは。
 そしてまた続ける。
「それが嫌で、どうにかしようと頑張ったときもある。だけど無理で。
 最後には諦めた。しょうがないって。
 でも、朔を見たとき」
「へ? 私?」
 突然自分のことが出てきて朔は驚く。
 宮下は、にっこりと特上の笑みを朔に向ける。
「朔を初めて見たとき、この子となら仲良くなれそうと思ったんだ」
 宮下は一歩朔に近づく。
「仲良くなりたいって、思ったんだ」
 更に一歩近づく。
 二人の身体は触れるほど近い。
「ねえ、駄目かな?」
 まるで子犬のような目で、まるで哀願するように彼は朔を見つめる。
 こんな可愛い顔でそんなこと言われたら嫌って言えるわけがない。
 彼女は心の中で叫ぶ。
 だが思い出した。
 友人 恵利の話を。
 考えただけでもぞっとする。
 引き受けるわけにはいかない。
 朔は意を決して言う。
「ごめん。できれば私も、関わりたくない」
 はっきりとした拒絶を表す言葉。
 酷い言葉だが、背に腹はかえられぬ。
 私だって自分がかわいいんだ、と必死に心の中で言い訳をする。
 宮下は明らかに落胆した様子。
「……朔って、意外に優しくないんだね」
「うん」
 意外かどうかはわからないが。
 そう思いつつ、朔はほっとする。
 恨み言を言われたほうが、罪悪感が少なくてすむ。
 宮下は、そう、と言って下を向く。
 だがしかしすぐに顔を上げる。

 そしてまた、にっこりと笑った。


「でもね朔、僕も優しくないんだよ」
 
 


BACK TOP NEXT


Copyright(c) 2004 soki all rights reserved.
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送